もつ鍋、水炊き、鴨鍋

日本酒に合う究極のあては出汁に違いないという話で盛り上がったのは、福岡は大名「醸造酒場アジート」のご店主にご来店いただいたときのことだったと思う。その説に従うならば、いろいろな食材の出汁を堪能できる鍋の冬こそ、酒飲みにとっての最高の季節ということになるかもしれない。
三芳でも、寒い間は鍋料理を用意するつもりでいる。先日始めたばかりのこの記録の趣旨「作ったものを忘れないようにする」とは少し違うけれど、ひとつ紹介のつもりで、ご予約いただける鍋三種について書いてみたいと思う。

もつ鍋
もつ鍋は味噌汁である。そんなことをいうと、かなりの確率で同意を得られるところに福岡人の郷土愛が現れているような気がする。つまるところ、手軽に出汁をとり、好きな調味料で味をつけ、みんな我が家のそれが一番美味しいと信じている。福岡の人にとって、もつ鍋はそんな家庭の味なのである。そういうわけで多分にもれず、僕も自分で作るもつ鍋がどの店のものより好きだったりする。
使うもつは丸腸を全体の半分ほど、残りはシマ腸か赤センマイ、あるいは食感にミノなんかを混ぜてもいいが、センマイは色が悪くなるので好まない。ややあっさりめのバランスで合わせたホルモンと昆布で出汁をとり、薄口の醤油で味付けをしたスープはコクがありながらも綺麗に澄んでいて、卓上でキャベツの甘み、ニラの香りが加わると、もうそれだけをずっと飲んでいられるような気にさえなってくる。
締めは細めのうどん。冷や麦とも素麺ともわからないくらいの繊細なものが良い。ちゃんぽん麺より雑炊より、この上品な出汁には、つるつると優しいうどんこそがよくあうと思っている。

水炊き
もつ鍋ほど手軽に家庭で作られるわけではないけれど、水炊きの味にも一家言ある人は多いように思う。豚骨スープと見紛うばかりにどろりとしたものから、お澄ましのようなものまで好みは様々であるが、三芳ではその中間、半透明に白濁したものをご用意する。
鶏の骨つき肉を弱火で5時間ほど炊いて十分に旨味を引き出した後、強火に切り替えて良い具合に濁ってくるまでもう1時間余り。炊きすぎてはいけない。際限なく出汁を絞り出したくなる気持ちをぐっと堪えて、臭みが出る前に火を止めれば、旨味と香りのバランスがとれた良いスープになってくれる。水炊きはこれが美味い。
さて、すべからく鍋は出汁が主役であるけれど、水炊きに於ける準主役であるところのつくねは、ももの一枚肉を包丁で叩いて、スパイスや香草の類を使わず塩だけで味をつけることにしている。粗めの食感と素朴で力強い肉の味わいが実に良い酒のあてとなる。
締めには素麺も捨てがたいが、やはり定番は雑炊である。炊き方の好みもまた別れるところだけれど、せっかくの出汁に野菜の甘みまで染み出しているのだから、さらさらと啜れる茶漬けのように仕上げて、最後までスープを楽しむのが良いと思う。

鴨鍋
福岡ではあまり鴨鍋に馴染みがないかもしれない。この鍋も、ずいぶん前に池波正太郎のエッセイを参考に作ってみたもので、言うなれば江戸料理ということになるだろうか。
あらかじめ切り分けておいた鴨の脂身のところと昆布でとった出汁を煮立たせ、そこに薄切りにした鴨をさっと潜らせてしゃぶしゃぶの要領で食べる。火を通しすぎない鴨肉は柔らかく特別な旨味に満ちていて、食べ進めるうちに出汁に溶け込むその脂が、次に入れる野菜に絡みついて鍋をますます美味くする。
ひとしきり食べ終わる頃に残った出汁は、鴨と野菜の味わいを濃縮したようなことになっていて、これには小麦の香りが無骨なくらいの太いうどんを締めに選ぶのが最も良い。鍋焼きうどんのようにくつくつと煮込んで麺に味を染み込ませて食べる幸せといえば、寒い冬が終わらないよう願うに十分なものだと思う。
とはいえ十割の蕎麦という選択も簡単には諦めきれない。ついでにもうひとつ、これは余談になってしまうが、鴨肉を前にすると鴨飯を作りたくなる衝動にどうしてもかられてしまう。締めに蕎麦もうどんも食べたい、鴨飯も食べたい。けれど胃袋はひとつ。鴨鍋を食べるとき、いつもそんなジレンマに悩まされている。

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