見出し画像

②栄光のアルスター、落陽の時…コンホヴァル王「死の物語」

アイルランド伝承「コンホヴァルの死」の素人訳。今回は、バージョンBを紹介しましょう。

バージョンBでは、コンホヴァルがどのようにして脳弾を受けたのかは説明せず、コンホヴァルがキリスト教を学び、改宗する過程にのみ着目しています。本バージョンにはローマからの使者も登場しており、アイルランド伝承の世界観がさらに広がるバージョンだと言えるでしょう。

コンホヴァルが語る詩にも注目してみてください。7世紀ごろ成立したと考えられているこの「Ba aprainn」と呼ばれる詩では、キリスト磔刑の報を聞き激怒しつつも、キリストへの深い信仰心から暴力的な考えを悔い改め、謙虚で道徳的な王へと変化していくコンホヴァルの様子を描いています。

「辱めを受けたら復讐を」が当たり前だったケルト世界の価値観に対し、キリスト教の価値観が真っ向から対立している、とても興味深い詩なのです。

バージョンAよりもさらにキリスト教色が強くなった本バージョン、どうぞお楽しみください。

誤訳指摘していただけると土下座して喜びます。

元文と解説はこちら


The Death of Conchobar
Aided Chonchobuir
コンホヴァルの死(バージョンB)
16世紀の写本MS. 23. N. 10より


1
かつて、コンホヴァル・マク・ネサという王がいました。

ある時アルタスという者が、キリスト磔刑の報を彼に伝えました。

アルタスは、ローマ王アウグストゥスの息子ティベリウスから受け賜った財宝を交換するため、コンホヴァル・マク・ネサのもとを訪れていたのです。

当時、ローマ王の家来は広範囲に渡り旅をしていました。ですから、かつてその場所で起こった全ての名高い物語も、世界中で満遍なく知られていたのです。


2
そういうわけで、キリスト磔刑の経緯がコンホヴァルに知らされました。

アルタスは、天と地を作ったのはキリストであり、彼は人類の罪を償うため、人の肉体をまとっていたのだと話しました。

彼はキリストを信じていたのです。ゆえに、彼はコンホヴァルも同じくキリストを信じるよう、キリスト磔刑にまつわる全ての善事を語りました。


3
コンホヴァルは、もし自分がキリストの近くにいれば、キリストを磔にしたユダヤ人と戦うことができただろう、そして世界中の男たちもそれを知っただろうに、と言いました。

それから、コンホヴァルはこのように語ったのです。

[1]
ああ、ハイキングを目にしたのは私ではなかった。
人々は厳めしい戦士の姿をした私を見ただろうに。

[2]
あなたは苛烈で偉大な戦士のように、私の口元を震わせる。
高貴な戦いでの勝利、光り輝く主への冷酷な虐殺。

[3]
誇り高き助力と共に、私は槍を携えキリストを助け、安らぎを与えたことだろう。
私は愚かな悲しみの叫び声をあげ、非の打ち所のない主への迫害に、大いなる攻撃を仕掛けたことだろう。

[4]
そして王が磔にされる偉大な物語に、嘆き悲しんだことだろう。
比類なき素晴らしいハイ・キングのため、私はこの清い身体を差し出し、偉大な物語はより一層偉大になったことだろう。

[5]
私は雄々しく敵に抗っただろう。
彼らの上に立つ強き男として、主に仕え助ける男として。

[6]
なぜ私は彼を助けるため、寛容な神のお側にいなかったのだろう?
私が死ぬような苦難の戦ではなかったから? 私なら、互角の敵がどれだけいようと打ち負かしてみせたのに!

[7]
キリスト、我らが天の英雄は、苦しみを生むことを望まなかったというのか。
土で作られた身体を持つ、我らが聖なる、強きキリストよ。

[8]
彼に近付くこともできず、絶望と悲しみの声を漏らす我らがなんの役に立つというのか。
それとも、神の復讐ができないことに、我々は絶望しているのだろうか?
彼らは天を創りし王を磔にした者共だというのに。

[9]
王のもとへ辿り着かなかったがために、我々は心中の誇りに殺されたのだ。
我らに痛みをもたらしたキリストの磔刑よ。もし助力のため立ち上がっていたら、我々は死んでいただろう。

[10]
だがそれは容易なこと。ハイ・キングの苦しみの後に死ねるなら。
崇高なる王よ、彼は人類の罪を贖うため、王冠と十字架の苦しみを受けたのか。

[11]
私は彼のために死のう。営みの主よ。
死への恐れも、無となる恐怖も薄れるだろう。

[12]
清らかなる天の英雄よ。我がハイキングが嘆き悲しむのを聞けば、私の心臓は高鳴り、彼に先んじていたことだろう。

[13]
ああ、我が主よ! 王の真の助けに近付けなかった我が言葉を。
主は私を癒してくださる。深い悲しみは大いなる畏れと共にあるのだ。
創造主の復讐なしに天へ昇るのは、私にとって酷く屈辱的なことなのだから。


4
彼は、キリストの面前で戦場に馳せ参じたかの如く飛び上がりました。しかしその時、メスゲグラの脳弾が彼の頭から飛び出し、彼は死んでしまったのです。

これが彼に関する言い伝えです。コンホヴァルは、天国へ入った最初の異教徒でした。彼の流した血が、彼自身に洗礼を与えたからです。何より彼は、キリストを信じていたのですから。

これにて物語はおしまい。アーメン。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?