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AI共作小説『建築と都市とフタ』

 私は地方新聞社の知人編集者から、いくつか建築を見て周ってそれらを題材にした短編小説を書いてほしいといわれた。私は建築を見るのがどちらかというと好きだったし、それに何よりも原稿料がははずむともいわれた。断る理由はない。それで引き受けることにした。


 建築案内役は今売り出し中の気鋭建築家であった。
 取材当日、彼は私の希望を訊きながら次々と建築を見せて回ってくれた。
彼の案内してくれる建築はどれも素晴らしかったが、その中でとても印象に残った建築があった。

 その建築は彼が最後に案内してくれたものだった。建物は鉄筋コンクリート造で、細長い塔のような奇妙な形をしていた。
 建物の内部には螺旋階段があり、屋上まで上ることができた。屋上に上がると、眼前に都市の風景が広がっていた。高いビルが立ち並ぶ街の先には大きな山々がそびえていた。頭上の空には雲一つなく、太陽もなかった。灰色をした巨大な円盤のようなフタがされていたのだ。

 この都市の地形は盆地となっていて、囲まれた山々に大きなフタをいつもしてあるという。だからこの場所はいつも夏が暑く、毎年のように最高気温が更新されるニュースで注目される。建築家いわく、その暑さはなべで蒸されているようなものらしい。

「フタ、さわってみますか?」
建築家は私に言った。
「はい」
私は屋上にあったはしごを上ってフタに手を触れた。今は冬であったため、その表面はとても冷たかった。
「温めてみましょうか?」
建築家ははしごの下から私に大きな声で言った。お願いしますと私は返した。
しばらくすると温かくなってきた。フタ自身が熱を発しているようだ。
私は、
「これは太陽の光を吸収して熱にしているんですか? 」
と建築家に聞いた。
「ええ、そうです」
彼は答えた。
そろそろ下りてきませんかと建築家に言われ、私ははしごを下りた。先ほどまでは冷えていた自分の体が、今ではすっかり温まっていた。
「フタが開くことはないのですか?」
私は建築家に聞いた。建築家は苦笑しながら
「ないでしょうね」
と言った。そうか、フタは閉じられたままなのか、私は思った。


 それから私は建築家に案内のお礼を言って別れ、最後に訪れた建築をとりあげて小説を書いた。

 1週間後の朝、私は新聞社へ原稿をメールで送信すると編集者から夕方に電話がかかってきた。お礼を言われ、約束通り原稿料を振り込んでくれるそうだ。小説は短い物語だったのだが、そのわりに金額が良かった。家賃の足しには十分すぎる値段だった。

 いつかまたあの都市と建築に行くことがあるだろうか?いや、行くことはないだろう。あの都市は私が今いる場所からは便が悪すぎる。特に観光地もないし食べ物にもあまり感動はなかった。

 フタを閉じたのはいったい誰なのだろう。私はいすに上がり、フタを直に触れた手で自分の部屋の天井をさわった。天井は特に温かくもなく、冷たくもない。あの都市をつくった人たちは、フタを触ったことがあるのだろうか?


 私は翌日、建物を案内してくれた建築家に連絡をとってみた。電話をすると女性が出た。彼は今不在とのことであった。おそらく電話に出た女性もあの都市で生活する人であるから、彼女に「フタを触ったことがありますか?」と聞いてもよかったのかもしれない。でも私は聞かなかった。折り返しの電話もいらないと女性には伝えた。

 電話の後、私は彼にあえて手紙を書いた。手紙には先日のお礼と、案内してもらった建築の感想をそれぞれ簡単に書いた。そして最後の建物がとても印象に残ってそれを小説の題材に使わせてもらったとも書いた。フタについては直接的な質問を避け、触ったときの感想を淡々と書いただけにした。

 手紙をポストに投函して数日後、建築家の設計事務所から電話があった。電話の声はこのあいだの女性で、手紙を受け取ったと言われた。そして建築家が手紙を読んでくれたことを伝えた。


 数週間後、マンションの郵便受けを開けると一通の葉書が入っていた。差出人は建築家であった。葉書きには写真が印刷されてあり、その写真は最後に私が見た建築を地上から見上げたものであった。建築はあの都市にあるものにしてはずいぶん高い、高すぎるものだなと改めて思った。そして建築の屋上の先にある灰色の空を見た。空というかフタなのだけれども。

 私はしばらく写真を眺めたあと、葉書きをテーブルに置いて浴室へと向かった。今日は取材でずっと建築工事現場にいたため、帰宅したらすぐにシャワーを浴びたいと思っていたのだ。
 今の私には関係のないことだ。仕事は済んだことであるし、フタは閉じたままなのだ。
 私は熱いシャワーで二度頭を洗った。流れ出たシャンプーの泡の中にはコンクリートの破片や粉が混ざっていた。

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