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AI共作小説『マネキンのいるオフィス風景』

 均質な空間。白と半透明なガラスによって、このオフィス空間は完結している。どうも洗練され、それが研ぎ澄まされている空間っていうのは水のなかにいるようだな。とぼくは思った。まるで水槽だ。ここは。

 部屋の中央には6つのデスクがくっついて島になっており、マネキンが3体近くに置かれていた。ぼくはその中の女性の姿をした1体と向き合って名刺を渡す真似をした。
「木のいいにおいがしますね。名刺に香りがついているのっていいですね。細やかなお気遣いです」
 そうマネキンが言ってくれるのをぼくは想像した。

 もちろんマネキンは無言だ。そしてぼくの名刺も受け取りはしない。でもぼくはもう一度彼女(マネキンだが)に名刺を渡す真似をした。
 すると今度はぼくの手から名刺がすっとはなれた。
「遅くなり申し訳ありませんでした。マネキンに応対させてしまっていたようで」
顔を上げるとぼくの目の前には名刺の香りをかぐ姿の女性が立っていた。
「素敵な名刺ですね。木のいい香りがします。女性はにおいに印象を残すものなんですよ」
彼女はそう言って名刺を机の上に置いた。

 彼女は30代前半くらいで、白いブラウスに黒のスカートというシンプルな格好をしていた。長い黒髪は後ろで束ねてある。マスクを着用していたため、彼女の表情からは何も読み取れない。
「もう少しお待ちくださいね。あと30分もすれば人が集まってくると思いますから。あとマネキンも」
そう彼女は言った。いつの間にか部屋の中央にあるテーブルの上にはコーヒーの入ったカップが置かれていた。コーヒーからは湯気がたっている。彼女はぼくにコーヒーをすすめた。

 彼女はぼくがコーヒーをひとすすりしたのを確認すると、この部屋について話し出した。
「この場所では、自分と同じ姿をした人間もしくはマネキンを見つけることができます。見つけていただいたら、どうぞお互い向き合ってください。お仕事に発展されるかと思います」
「はあ」
ぼくは返事をしたが彼女のする説明を理解したわけではない。できればそんな説明よりもマスクをとった彼女の素顔を見たかった。表情を確認したかった。彼女は美人だ。おそらく。でもぼくは美容整形外科医の友人が「どんなに100点満点のパーツがあったとしてもひとつが0点だったら、0点。顔はバランスだ。掛け算だ」という話を急に思い出した。ちなみにぼくはだいたい56点。可もなく不可もなくってとこらしい。まあ、掛け算はできているということだ。

 ぼくは彼女に質問することにした。
「あの……あと何名くらい人が来る予定なのでしょうか?」
彼女は手元にある書類に目をやったあと、
「人が5名とマネキン5体ですね」
と答えた。そして彼女は腕時計を見て時間を確認した。部屋の掛け時計をよく見ると、針が動いていない。

「仮眠してもらってもかまいませんよ。起こしますから」
彼女は言った。マスク越しでよくわからないがおそらく笑顔だ。冗談を言っているのだろうか。
「いえ、大丈夫です」
ぼくは無理やりの笑顔でそう返した。正直いうと、最近疲れているし睡眠不足でもあるため寝てしまいたかった。でもさすがにここで眠るわけにはいかない。

「では少しだけ目を閉じてみてはいかがですか?これから始まる商談の良いイメージをしてみてください。良いお話し合いになったらいいですね」
商談?なんの話だろうと思いながらぼくは言われるまま目を閉じることにした。するとだんだん自分の意識が遠のいていくのに気づいた。ああこれはなにかの催眠術なのだなと思いながらもぼくは目を開けることができなくなり、ふっと意識が飛んだ。


 ふと気づくとぼくは椅子に座っていた。ここは?どこ?という状態ではなく、同じ部屋の机に付属していた椅子に座っているだけだった。ただなぜかぼくが座って寝ていた場所は机のある部屋の中央部ではなく、窓際であった。足元近くに設置されていた空調吹き出し口からの冷気がぼくを目覚めさせたのだろう。ぼくの目線の先には、ガラスカーテンウォールと床の取り合い部分があった。サッシ隙間にこびりついた湿ったホコリと目が合ったように感じた。

 椅子から立って机がある中央部を向くと、そこにはすでに人とマネキンが集まっていた。5名と5体。彼女が言っていた数だ。その集団の中央には、さっきの女性の姿があり、彼らと談笑していた。

 彼女は黒いスーツを着て、結んだ髪をおろしていた。そして起きたぼくに気が付くと、机に数多くおいてあったグラスのひとつをもってぼくに近寄ってきた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。皆様がお集まりです。あなたのプレゼン、楽しみにしておりますよ」
彼女はぼくにそういいながら、シャンパンの入ったグラスを渡した。グラスを受け取ったぼくは集まった人とマネキンを見た。人もマネキンも皆似たような格好をしている。全員白いワイシャツもしくはブラウスに黒のパンツといういで立ちだ。マネキンはそれぞれの人と連れ添うように並んでいた。

 パーティーさながらのその光景は、人とマネキンが交錯し、それぞれが等価に扱われていた。水の中とぼくがたとえたこの均質な空間は、人とそうでないものの境界を曖昧にするためのものであるかのようだった。

 彼女がぼくの耳元でささやくように言った。
「なんか、あの人たちもマネキンみたいですね。」
ぼくは思わず彼女を見つめてしまった。彼女の表情はマスクに隠れて見えない。彼女は続けて言った。
「ほら、あなたも同じような顔つきでしょう?」
そう言う彼女の声は楽しげだった。そして彼女はマイクをぼくに手渡した。
彼女の手から渡されたマイクを握りしめたとき、ぼくは自分がなぜここに来たのかを思いだそうとした。
 彼女はぼくから一歩離れると、うやうやしくお辞儀をした。


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