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「避けたい状況にあえてなろう」という心持ちによって、心を楽にする

 「こうはなりたくない」「こんな結果はなんとしても避けたい」そう思うからこそ、そうならないように、がんばる。たしかに、それによって、望まぬ結果を避けられた。そういう良い面はあるといえます。

 一方で、「あれも避けたい、これも避けたい」「避けたいけれど、避けられそうにない」そんな状況の中だと、がんばることが増えすぎてしまいます。悩みも深まってしまいます。そして、心がつらく、苦しんでいってしまいます。

 「今の地位を手放したくない」「恥をかきたくない」そんな風に、何とか思うように避け続けるための努力を続ける。それだと、疲れ果ててしまいます。

 そんなときは、「避けたい状況にあえてなろう」。そういう心持ちが、むしろ、自分を楽な気持ちにさせてくれるといえます。

自然と増えた、許されないことを見直す

 「過去に、嫌な目にあった」「恥をかいた」「つらい思いをした」

 そうすると、「二度と同じ状況になりたくない」と思うのが自然です。そして、「その状況になることは、許されないこと」そういう風にしがちです。

 ただ、なんでも思い通りになるわけではありません。起こってほしくないことが普通に起こるのが人生です。どれだけ禁止しようと、それを破って、その状況が起こるのが人生です。

 本当に、それは、許されないことなのか。仮に、「その出来事が起こって、自分が嫌な気持ちになるのが嫌だ」それだけの理由で許されないとしているならば、それは、本当に許されないことなのか。それとも、自分の心の受け止め方の問題なのか。

 それを考えてみて、「これは別に起こったとしても大丈夫だな」。そう思えるものがあるならば、許されない事柄を減らすことができます。許されない事柄が減れば、それだけ、生きやすくなったともいえます

時や所が変われば、どうだってよいことばかり

 人間、元気であれば、ついつい、欲が出るものです。「こうあってほしい」「嫌な思いはしたくない」「恥ずかしい思いはしたくない」

 しかし、実は、状況が変われば、どうだってよいことばかりです。周りがおしゃれにこだわっていれば、「自分がいかにおしゃれに見えるか」周りが地位や名誉にこだわっていれば、「自分がいかに地位や名誉があるように見えるか」

 そういったことばかりを気にして、「おしゃれでないと思われたくない」「地位や名誉がないと思われたくない」との動機で、色んな行動をします。ただ、それらは、時や所が変われば、どうだってよいことといえます。

「避けたい状況にあえてなろう」とする

 そうはいっても、嫌なものは嫌であり、気になるものは気になる。それもまた自然であるといえます。

 ただ、それが積もり積もると、自分の限界を超えて、身動きが取れなくなってしまいます。

 そんなときは、「避けたい状況にあえてなろう」とすることが大事といえます。

 「ダサいと思われたない」ならば、ダサいと思われにいく。「不親切と思われたくない」ならば、不親切と思われにいく。「貧相と思われたくない」ならば、貧相と思われにいく。

 人間、常に、自分のできることしかできません。その時、その時、できることしかいできない。その結果、たしかに、嫌な目に遭うかもしれません。ただ、それを嫌って、身動きが取れなくなるよりも、むしろ、それを経験しにいく。そういう心持ちの方が、むしろ、心の穏やかさを保てるといえます。

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