【南房総インタビューvol.4】館山での農業~安西農園 安西淳さん~ Part1

 今回は館山で、とうもろこしを中心とした農業を営む安西農園の安西淳さんにおはなしをうかがっていきます!part1では安西さんの農家になるまでの経歴や農家としての特徴、part2では「NPO法人南房総農育プロジェクト」や日本の農業の担い手や台風災害について掲載していきます。

ーーーー今日は安西さんの農家としてのお仕事の話と、台風災害時の話の2つのテーマについてお話を聞かせていこういただければと思っています。まず農家としての仕事や経歴についてお伺いします。ーーーー

 まず私の自己紹介から始めますと、平成9年に就農しました。
就農前は高校を卒業して、株式会社丸井という百貨店に就職しました。自分はこの田舎町から急に新宿店に配属になりました(笑)
新宿店、水戸店、川崎店と異動して、小売業に携わってたんだけど、その後親父が倒れて退職して、実家の農家を継ぎました。
まず自分としては、幼い頃から農業を見てて農業って1番大嫌いな職種だったよね。「儲からない、汚い、労働時間が長い」まさしくその通りで,、もちろん周りの農家もそういう状況下で、なんでこんな儲からないことを両親はやるのかなってずっと疑問を抱いていた。
そんな幼少時代で、俺も中学卒業したら東京に出たいって言ったのね。そしたら高校だけは出とけって言われて。それで地元の農業高校を出て、それでも高校時代は農業なんかより部活動のバレーボールにあけくれてたよね(笑)。

マルイでの経験を経て農家へ

 高校を出て、マルイと言う会社が受けてくれたので、良い経験をしました。農業と小売業で全く職種が違うだろって言う話をよくされるんだけどそんな事はなくて。例えば今の農業は生産から販売までしなきゃいけない。販売という観点では損益、在庫率の考え方みたいなところはマルイでの経験が生きてる。まあでもはじめは父親が倒れたっていうやむなしの状況だったから、農業をやろうとは思ってなかったんだよね。最初はコンビニか、ペンションか、とかいろいろ悩みながら、農業を手伝っていました。

なんでこんな儲からないものをみんな続けるんだと、疑問点だらけでした。そのころは自分も20代だったから、俺がそういう農業を変えてやろうじゃないか思い始めたんだよね。それで農業始めて、最初は宿泊施設やレストランに自分で営業をかけて行ったんだよ。30件くらいはかけたかな。そしたら1件だけつきあってくれたけど、後はみんなお前誰だ、何作ってんのみたいな感じで全部断られて。それに俺はずっと農業をやってきた父親が倒れちゃって、学べる人がいなかったんだよね。それで10年位は赤字だったよね。これじゃだめだと思って、自分が農業やるにあたって、他の農家さんと自分ではここが違うぞって言う差別化を図ってかないといけないと思ったんだよね。それで最初に始めたのがとうもろこし。このとうもろこしを主軸として、安西農園をブランディングしていこうと考えたんだよ。そのブランディングっていう考え方も、マルイにいなかったら言葉すら知らなかったよね。自分は1990年代にマルイで働いていた時にブランド力がない、差別化が測れないものは売れないってことを感じてたんだよね。おれが作っているとうもろこしも、俺が栽培過程でひと手間ふた手間を増やして、それが甘みに通じてるっていう所をアピールしていったんだよ。

「神戸(かんべ)レタス」

 それからだんだん農業がちゃんとできるようなってきて、主軸のとうもろこしとは別に、地域で盛んだった「神戸(かんべ)レタス」を始めた。もともとこの南房総では第二次大戦後の進駐軍が駐屯していて、その時に西洋野菜を紹介されて作り始めたっっていう歴史があるんだ。そういう歴史もおもしろいよね。それくらいの頃から農業っていうのは農業者だけでなくいろんな産業の人とも関わって、違った視点を取り入れていかないといけないと思っていたんだ。それで、南房総の「オーパ・ヴィラージュ」っていう宿泊施設の社長さんと一緒に、レタスのブランディングを始めたんだよね。旬の時期には、居酒屋さんとかお寿司屋さんのレタス巻き寿司、レタスのためのドレッシング、レタスのラーメンや蕎麦を作ってくれる店舗もあったよね。そうやって神戸レタスが地域にどんどん広まっていったんだよ。もともと神戸で作ってるレタスっていうのは、農協が一括して東京の中央市場におろしてたからあんまり地域に知られていなかったんだよ。千葉はレタス生産量で、日本の中ですごく多い訳じゃない。だから千葉のレタスは数で勝負するんじゃなくて、品質で勝負していこうと思ったんだ。農業生産の上で地産地消って言う言葉はすごく聞くと思うんだけど、都心中心のお客さんにも広めて勝負して、きちんとお金をとっていこうと思ったんだよね。

ーーーー安西農園さんで生産している作物は全部でどれくらいあるんですか?ーーーー

 うちでやってる主力の商品はとうもろこし、レタス、そら豆、あとはいろんな夏野菜、冬野菜もろもろかな。お米もやってるよ。
農地面積で言うとレタス、とうもろこし、お米が大きい。最近増えているの「おおまさり」っていう大粒の落花生。後はイタリア野菜も力を入れていて、トキタ種苗さんと「南房総イタリアン計画」を続けてる。南房総とイタリアの気候風土がちょっと似てるらしいんだよね。今では我が家だけでも20品目以上のイタリア野菜を作ってるよ。直接イタリアンのお店に納入するか大きな業者さんに収めるかって感じ。このコロナが始まる前までは大手のファミレスのサラダバーとかにもおろしてたりしてたよ。

収穫体験を通したお客さんとの交流

 そうやって育てるものをどんどん増やしていくと販売する場所もどんどん増やしていかないと捌ききれなくなってくる。だからとうもろこしの販売方法で大きく3つの方針を立てたんだ。1つは直売所にきてもらう、直接業者に来てもらうなどの直接販売。2つ目はネット販売。特に今年はコロナでネット販売はすごく伸びたよ。ただネット販売だと、お客さんの顔も生産者の顔もわかりづらいところがあるからあまり伸ばしたいと思ってないんだよね。今伸ばしたいと思っているのは3つ目のうちに来てもらって、自分で食べる収穫体験。今年はコロナでやれてないんだけど、顔を合わせて話をして、その場でとれた野菜を食べる、そのリアル感が次につながるんだよね。うちの収穫体験のターゲットは自家用車で2世代3世代の家族が来て子供に食べさしてあげたいんです、みたいな家族。もし自分たちがこのとうもろこしを小学生の時に食べてたとしたら割と覚えてると思うんだよね。とうもろこし生で食べてすごい甘かったなぁって。そしたら彼女ができても、結婚しても、おじいさんおばあさんになってもまた行ってみようかな、っていうきっかけになって一生のリピーターになってもらえる。そういうものを大切にしていくと収穫体験にきた子が「こうやって育てるんだ」とか、「こうやって保存してるんだ」とかを生で知ることができて、食育にもつなげることができる。やっぱりもともと10年間小売業をしてきた人間だから人と話をするっていうことが何よりも根本にあると思っていて、それを農業に取り入れたかったんだよね。直接消費者と関わるっていうのは、自分の作ってるものをアピールにもなるし、みんなが食べたいもののリサーチもできる。

館山と農業への愛情

 こっちに帰ってきて24年、最初の10年間は全くふるさとに対する愛情とか盛り上げようって言う精神は全くなかったね。だって田舎だし、東京の友達にも簡単に会えなくてなんなんだと思ってた。でも時間が経つうちに愛着が湧いてきて、ここをなんとかしてあげたい、ここに来てもらいたいって言う発想に変わっていったんだよね。うちの農家の歴史は、俺で6代目らしくて、それを絶やしたくないっていう気持ちもでてきた。後は農地を守ることと地元を守るっていうのは完全にイコールだと思ってるんだ。第一次産業はこの前の台風のようなことがない限り、ずっと継続できるし、誰でも入り込みやすい職種だと思っている。そうやってだんだん愛着がわいて、やっぱ金じゃねーな、農業を続けることができる気持ちの部分が大事だってなってきたんだよね。農業って怖いよね(笑)。世の中、終身雇用ではなくなってきて働くことに疑問を持つ人も増えてきて、それなら田舎に行って農業でもやってみようかって考える人がどんどん増えてきてる。もちろんウェルカムだし、大変な仕事ではあるけど、自分でつくった野菜でお金がもらえる喜びっていうのは、あなたが会社で1億円の商談をクリアしたくらいの大きさだと思ってるよ。

~Part2に続く~


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