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レッジョ・エミリア現地研修から2年…③~レッジョ・エミリアで大切にされている「美」「アート」観考察~

前回の投稿から、かなり間が空いてしまいました…!大変申し訳ございません。

先日、オンラインでレッジョ・エミリア研修を通して学んだことを報告させていただきました。以前のレッジョ関連のブログ(https://note.com/pegasus19/n/n8cc498df83f3)の最後に「次回はプロジェクトとドキュメンテーションについて…」と書いていましたが、オンライン報告会の流れを受けて、先にレッジョ・エミリア研修を通して学んだ「美」「アート」観についての私なりの考えをまとめていきたいと思います。

ローリス・マラグッツィ国際センターと、3つのアトリエ

レッジョ・エミリア現地研修の初日、これまでレッジョ市内の幼児学校で行われた実践記録がストックされ、実際に園内で行なわれたアート活動を追体験することができるようなブースがあるローリス・マラグッツィ国際センターを訪れました。

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もともとチーズ工場だったということで、このような牛のオブジェが飾られていました。改めてこの写真を見返してみると、ちょうど旧チーズ工場だったと思しき建物と新しく建てられたと思しき建物の双方が写り込むアングルに、この牛のオブジェが設置されているように思えてきました。チーズ工場とレッジョ・エミリア教育の拠点…そこだけを切り取って比較すると、全く関連性がないように思える2つの施設。しかし、2つの施設は切り離されたものでは決してなく、この地域に住む人々が脈々と築き上げてきた/そして今もなお築いていく歴史の動きの中で確かに結びついているのです。「歴史を”過去”と”現在”という分断された点と点として捉えるのではなく、連綿とした動きとして捉えよ」―。そんなメッセージが込められているように感じるのは私だけでしょうか。

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そんなローリス・マラグッツィ国際センターの中には、3つのアトリエがありました。光に透けたり面白い影を落としたりする素材や、ブラックライト・蓄光ボード・プロジェクターなどの機器を使って光を探求することができる「光線のアトリエ」や、

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鉛筆・ペン・木の枝などの道具を使い、様々な画材、素材に描くことで生まれる色彩や濃淡などを探求することができる「モザイクのアトリエ」

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葉や花、果実などが朽ちていくという生命の動きを、直接観察だけでなくデジタル顕微鏡など多角的なアプローチから探求することができる「生物(有機体)のアトリエ」が、私たちが視察した際には設けられていました。ここで働くアトリエリスタによると、来場者に応じて展示する内容を変えているのだそう。後の考察とも繋がりますが、常に生成変化しゆく動的で多様な人々と出会う素材や環境も、同様に動的なものであるべきという価値観に感動しました。

Creative accidents

ローリス・マラグッツィ国際センターには幼児学校で行なわれたアート活動の事例がいくつも展示されているのですが、その中でひときわ私の眼を惹いたものがありました。展示されていた事例が起こった時の状況は次の通りだったそう。

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そしてその結果、絵はこのような状態になりました。

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皆さんがもし絵を描いていた女の子だったら、どのように感じ、どのように行動するでしょうか。また、もし先生として目の前でこのような状況が起こったら、女の子の姿をどのように見取り、どのように働きかけるでしょうか。この場面において、絵を描いていた5歳の女の子(Ariannaちゃん)は次のように語ったのだと記録されていました。

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この画像、事例は『Mosaic of Marks, Words, Material』REGGIO CHILDREN、2015 にも掲載されています。

この事例を、教師の「良い」アプローチの仕方として、あるいはAriannaちゃんの「豊かな想像力」の表れとして捉えることもできなくはありません。しかし私は、それとはまた違ったところに、この事例の大きな意味があると感じています。

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「生成的な変化の局面」としての「Creative accidents」

長年ペダゴジスタとして実践し、レッジョ・チルドレン代表として活躍されたカルラ・リナルディは『レッジョ・エミリアと対話しながら』(2019年、ミネルヴァ書房)の中で「生成的な変化の局面(mutazione genetica)」という概念を示しています。

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先ほどの事例は、まさに「生成的な変化の局面」と言えるのではないでしょうか。
Ariannaちゃんは当初、「”自分が知っている”花の絵を段ボールに描く」というごく自然な動きをしており、先生も普段通りの在り方でこどもたちの表現を観察していたのではないでしょうか。そのような流れの中に、突如として偶然Ariannaちゃんの腕が絵に当たって絵の一部が消えかかるというハプニングが投げ込まれ、「普段通り」は一瞬にして崩壊します。


そのような偶発的瞬間を契機として、2人は「普段通り」を越えた新たな動きを生み出しました。すなわち、

・これまでの”生”の中で築かれたAriannaちゃんの感性が引き出され、段ボールに描かれた絵に新たな意味が宿った。

・この瞬間とAriannaちゃんの物語に出会ったことで先生の感性が引き出され、この瞬間に「Creative accident」という名前が付けられた。名付けられたことによって、この瞬間は”意味ある瞬間”として昇華され、参与していた両者のみならず、その場にいない人々にも、その意味が伝達可能な形になった。

という動きが互いに関連し合いながら生まれたのです。「生成的な変化の局面」を中心に、〝動き〟として生き生きとした関わり合い(その中では、参与する人々だけでなく、そこにある物や環境、文脈などの非生物的なものさえも動きを生み出す要素として意味を持ち、参与する人々にとってそれらの意味が再解釈される)を捉えているという点に、この事例の大きな意味・意義があるように私は感じています。

なお、この事例はあくまで「Ariannaちゃんと、その先生が、その関係性、その文脈の中で生み出したものである」ということを強調したいと思います。当然、そこに参与する人々や文脈が異なれば、また異なる関わり合いの動きが生まれたことでしょう。どれが良い事例・実践かということではなく、一方向的な「指導」や点から点へと一直線的に進む「発達」を越えて、予測不可能性に満ちた関係性の動きへと視点をシフトすることの大切さを、この事例は示唆しているように思います。もちろん、「予測不可能性」だからと言って、何の”構え”もなく漫然とそこに居れば良いというわけでは決してありません。来るべき「生成的な変化の局面」に気付くことができるよう、関係性の動きや自分自身の在り方に、常に意識を向け続けることが重要なのだと考えます。

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「美」「アート」とは何か

レッジョ・エミリア幼児教育のアトリエリスタの先駆けであるVea Vecchiは『Art and Creativity in Reggio Emilia』(2010年、Routledge)の中で次のように述べています。

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また、ローリス・マラグッツィ国際センターのアトリエリスタは、敢えて「研究所」ではなく「アトリエ」という概念を用いる理由として、「当然イタリアにも『研究所(laboratorio)』という概念はあるけれど、そこには『固定化された製品を大量生産する場所』というイメージがある。それとは対極にある場のメタファーとして『アトリエ』という概念を用いている」というお話を伺うことができました。

これらをまとめると、「アート」とは「美」を真ん中に異なる要素(人々・素材・環境・文脈など)が互いに結び付いて展開する動きであると言えるのではないかと思われます。「これが美です」という明確で画一的な答えがないからこそ、その動きは常に「生成的な変化の局面」が生まれる可能性に満ちている。そして、そこから未知のものが共創造されていくような新たな動きが生まれていく―。予め完成形が定められたものを一斉に作る(指導する)こととは一線を画すものが、レッジョ・エミリアで大切にされている「美」「アート」であるということがわかりました。

戦後復興と「美」「アート」観との結び付き

明確で画一的な答えがない中で、多様な要素が対話をしながら「生成的な変化の局面」を通して未知のものを共創造していく―このような「アート」観は、レッジョ・エミリア市の戦後復興と重なるように思います。レッジョ・エミリア市はもともとレジスタンス運動が盛んな地域であり、そのため第二次世界大戦では相手国のみならず、本国のファシスト政権からも攻められ、壊滅的な被害を受けたそうです。このような状況から復興するにあたり、市民たちは対話を重ねて「Brick by Brick」の精神で新たな教育文化を築き上げていきました。

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ローリス・マラグッツィ国際センターにある牛のオブジェと建物の位置関係から先にまとめた歴史観を推測したのも、このような戦後復興のエピソードがあってのことですが、「美」「アート」という概念に対する哲学も、このようなレッジョ・エミリア市の歴史的背景が大きく結び付いているように思います。下の写真は「群衆」をテーマにしたプロジェクトが行なわれた際にこどもたちが創ったものだそうですが、多様な人々が互いに影響し合いながら生み出される大きな動きを感じることができます。

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まとめ

以上、レッジョ・エミリア研修をきっかけに考えた「美」「アート」観についてまとめてみました。抽象的な話が多くなってしまいましたが、「生成的な変化の局面」という概念や戦後復興と結び付けて考察できたことが、2年前の視点からの深まりであるように思います。

次回のブログでは、レッジョ・エミリアの実践哲学と深く結び付く社会構成主義について、最近出版された文献のレビューをまとめながら考察していきたいと思います。最後までご覧いただきありがとうございました!



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