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Whiplashは最悪に美しい映画です

鬼気迫る狂気こそ最悪に美しかった.

注ネタバレ


邦題はセッション.星1と星5の評価が共存する映画.ジャンルは音楽と人間ドラマ.ドラマーと指揮者が最高の舞台に到るまでの破滅の数ヶ月.吹き替えより字幕で見るといい.俳優がいい.音響がいい.元気なときに見るといい.間違いなく最悪の映画だったし,酷かったからこそ最高の映画です.


世の中に時折誕生する"天才"の幻想を追求する映画.スポーツや音楽や絵画でもなんだって通じる幻想.誰も追いつけないような類稀なる超絶技巧を持ちうる人間.そんな天才になりたい青年と,天才を発掘して創り上げたい指導者の話.

どうやったら"天才"を創れるか.最も簡単に思いつく回答がとにかく練習させること.ただし生温い練習ではなく身を削る凄絶な練習をさせる.基礎の無限回の繰り返し,現代ではいわゆるスパルタに分類されて非難を浴びるような.

音楽学校の教師であるフレッチャーには理想があった.彼の目に映る世の中は酷く甘くなってしまっていた.ある程度で満足を得て努力を辞めてしまう人間が多すぎる.かつては存在した熱量のある理想のジャズを取り戻したい.だからこそ彼の指導方法は非道で暴力的だった.常に高圧的な態度で学生を見下す.無能で努力が足りないと叱りつけ,努力を規格外まで求める.注文通りに楽器を叩けないと椅子をぶん投げる.鋭い罵倒が飛ぶ.音が合わない無能を晒し上げる.深夜になっても終わることのない練習.

フレッチャーは最高のジャズバンドを創り上げたかった.彼の描く理想の天才はどんな酷い練習にも罵倒にもめげずに這い上がると信じて,厳しい指導の手を緩めなかった.生涯を捧げてたった一人の天才を発掘したかった.

そんなフレッチャーが出会ったのがニーマンだった.ニーマンは深夜にたった一人で大学に居残りドラムを叩き続けていた.いかにもな運命的な出会いだった.ここから始まる映画です.

作中のニーマンの言葉にもある通り名声は何物にも変えがたい美徳だ.天才に至れず消えていった沢山の凡人達のお陰で,天才への羨望が世の中に行き渡っている.天才に至る過程はただの誤差だと目を瞑ってもお釣りが来るほどに.何を失っても何を捨て去っても何を傷つけても結果が全てを正当化する.

Wiplashは確かに酷い映画だった.罵倒は飛ぶしちっとも楽しくない.不快にだってなる.しかしそれが霞むほど9分19秒のラストシーンは最高だった.だって,至高の演奏は全ての邪悪を凌駕するでしょう?


自分が幸せになるために他人がいくら不幸になろうとも厭わない.結局そういうエゴイストが一番天才の素質があったんだ.


詳細すぎるあらすじはネタバレを恐れないWikipediaに全部書いてあった.映画を見てないなら覗かないほうがいい.


彼ら

相性が最悪に最高.

アンドリュー・ニーマン(ドラマー)

「文無しで出世して名を残したい 元気な金持ちの90歳で忘れ去られるよりね」

わずか106分で劇的な成長をしてみせた.これは狂気に飲まれていく主人公を見送る映画です.主人公目線で映画が進行するから気づかないだけでかなりイかれてる.

冒頭では自信なさげで父親とすら目を合わせて話もできない程だった.それがフレッチャーに見出されてから変化する.彼はずっと何者かになりたかった,他者からの評価が全てだった.平穏なんて必要とせず名声さえ手に入れば良かった.刹那的な天才に憧れる一般人の皮を被った狂人だった.

底辺バンドが練習している教室に無遠慮に入ってきた学院最高の指導者に見出されて,他の学生を尻目にたった一人呼び出されたこと.夢見たいな瞬間だったろう.彼の人生に破滅の光が刺した瞬間があったとすればたぶんここだった.

ニーマンは遅刻はするし忘れ物もするしフレッチャーを怒らせるしちっとも彼のバンドでドラムを演奏するのには向いてなかった.けれど,誰より天才に至る素質があった.ニーマンにとって平凡でいることは何よりもの恥だった.努力を捨て席を譲り他人の演奏を指を咥えて見守るのと,血の滲む努力の先にあるかもしれない名声を天秤にかけたときに迷いなく努力を選べるのがニーマンだった.

ドラムを叩いている時以外無表情.フレッチャーが亡くなった学生の話をして教室全体が感傷的な空気になっていても知らん顔している.自分のこと以外全く興味がない故の無関心.先輩のドラマーがフレッチャーに罵倒されて,代われって言われた時にちょっと口角が上がる.


この映画で最も可哀想な人物を挙げるとしたらニーマンの父親.息子がこんな狂人だと知らずに,映画冒頭では「音楽以外の道もある」とやんわりと平凡だが幸せな人生の可能性を提示した.フレッチャーとニーマンにとっての最高の日は,父親にとって最悪の日だった.息子は破滅と引き換えに栄光を手に入れた.そんな栄光なんてものが父親にとって何の意味になるだろう.普通の父親だったが故に天才への執着をひとつも理解できなかった.



テレンス・フレッチャー(教師)

「世の中甘くなった.ジャズが死ぬわけだ」
「No words in the English language are more dangerous than 'good job.'」

理想のジャズを創るために恐怖政治で忙しい.才能を拾い上げて無能を追い出すことに一生懸命.性格悪いねってのがこれほどまで褒め言葉として似合ってしまう.人格破綻者.サイコパスとも言う.

素晴らしい演技に裏付けされた素晴らしいキャラクターだった.だけどあまりに一貫性が説明つかなくて言語化できない.作中に二面性のあるシーンが多い.行動に根拠を求めて理解しようと思ったら,なんにも理解できない,そういう理解できなさがいかにもサイコパスらしい.

外面はいい.自分のバンドには罵声しか飛ばさない癖に,外に対しては全く違う声色でいる.


疑問と回答

1.これはハッピーエンドか

間違いなくそう.

2.楽譜を隠したのは

映画の中では明示されてないけどフレッチャーだと思う.生徒を競わせて互いに嫉妬させる環境を作りたかった.タナーをもう見限っていたかもしれない.

3.泣きながら死んだ学生の思い出話したフレッチャー

悲しくもないのにここで泣いて見せたら素晴らしい人格者になれることを知ってるから泣いてみせる.そういう演出が効くって知ってる.

よくわかんなかったのは,学生は嘘泣きだってわかってたのかもしくは騙されて話に感動してしまっていたのか.どっち?

4.世の中に行き渡る天才像

そんな簡単に素晴らしい演奏をされても困るから,苦しんで才能を手に入れてくれたほうが助かるって私は思う.

天才的ドラマーがもし存在してこの映画を駄作って言ってしまったら,そうなんかなあって納得してしまいそうになる.

5.邦題の由来

9分19秒のあのセッションは魂の語り合い(=セッション)みたいな謳い文句をどこかで見た気がする.

6.星1をつけたい人へ

気持ちは非常によくわかる.

7.ドラムの技巧はテンポしかないの?

作中でテンポにしか注目されないせいで浅いと批判が出るかもしれない.音楽とかバントにおいて適切なテンポを守り続けて叩くってのはほんとに大事だと思ってる.それはわかる.他人とズレるとひどく目立つから.

ジャズはハイテンポになればなるほどいいものなのか?とか疑問を持ってしまう人には向いてない映画.これは決してドラム映画ではないから気にしなくていいし,映画に説得力を持たせるには一点に尖らせたほうがいい.

8.なんで売れたの?

売れたからスパルタが正当化されてるわけではもちろんない.星1のレビューもつく.でも世間の評価は高い.なんで?



よかったとこ

1.罵倒の語彙の豊富さ

キレのある罵倒を飛ばして欲しかったから最高に良かった.家庭的背景を把握して罵倒に組み込むの流石だった.

2.最悪だった

この映画の評価を手放しに最高と褒めるのは間違っていると思う.最悪な面は間違いなく存在した.その上で私は最高の映画と言い張れます.

3.キャラクターが立っている

作中のエピソード一つ一つに性格が表われ出る.意味のないエピソードがない.



わかんなかったとこ

1.フレッチャーの一貫性のなさ

指導者として最高のバンドを作りたいのか,それとも最高のバンドを壊してでもその中のたった一人の天才を掬い上げたいのか.

2.練習開始は午前6時だと呼び出しておいて9時まで放置したこと

嫌がらせや恐怖政治の一環だとしても,練習時間を奪うのは間違いに見えてしまう.

3.スパルタが正当化される気持ち悪さ

厳しい指導をする理由を自分ではなく他者を根拠とする.他人を使って正当化する.怒るのだって叱るのだって期待しているから.所謂愛の鞭とかいうやつ.うまく言語化できないけどこういう気持ち悪さはいっぱいある.ドラムのせいでバンド全体の時間を拘束してしまってごめんみたいな,大人数を背後に置いて何かを正当化する手法.全体を巻き込んで正当性を主張するのが嫌になってしまう.

4.役に立つものが何も得られない

映画を観ることでこの先の人生の教訓を得ようとする人には向いていない映画です.

5.ユダヤ人だと罵倒

ユダヤ人を罵倒語に用いていたがフレッチャーの尊敬するバディリッチの父親がユダヤ系だった.ユダヤ人とユダヤ系の違いがよくわかんなくなって調べた.民族的な人種と地理的な人種があるから混乱してた.



雑感

ニーマンとフレッチャーの相性の悪さと良さを上手く言語化したかった.また時間があったら書きたい.

研究室でクソ映画が好きって話をしたら,私が好きそうだねっておすすめされた.ちゃんと最高!ってレビューが書けて幸せに思う.