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つまらないことが好き

市販の包装紙を用意する。

それを適当な大きさに切って、折る。上と下の角を斜めに切る。一度開いて、谷折りになっている部分を切り落とす。あとは丁寧に糊付けをすれば、封筒が完成する。
黙々と手作業で封筒を作っていくと、静かで満ち足りた気持ちになった。余計なことは考えず、封筒づくりに没頭する。ときどき一万円札を合わせて、大きさを確認。一万円も渡せる日は来るだろうか。だけど、渡せる準備をしておくのは大切なことだ。そういう縁起は積極的に担ぐ。良くてプラス、悪くてゼロなら私はやる。

せっせと封筒を作っていく。渡すであろう人のことを考えながら。それは何とも、幸せな気持ちになるものだった。
 
私は、本当はつまらないことが好きらしかった。
 
先日、報酬の支払いを準備するのに適当な封筒がなかった。机のまわりをひっくり返してみたけれど、ちょうどいい封筒が見当たらない。
自分がふだん仕事で使っている茶封筒の買い置きはたくさんあるのだが、二千円程度のお金を入れるには少し立派すぎる気がしたのだ。
かといって、財布から直接出して渡すのはぜったいに嫌だった。渡すほうももらうほうも、みすぼらしい気持ちになる。私はどちらかというとかなり大雑把なほうではあるが、美しくないのは嫌なのだ。百円であろうと封筒にいれる。そのほうが愛らしいだろう。

普段使いのぽち袋はある。
だけどこれでは、お札を折って入れなければならない。それもまた、嫌だった。
だって失礼ではないか。これは、目上の者が渡すお小遣いではない。報酬なのだ。そこには感謝と敬意がなければ、気持ち悪い。まぁ、もし私がもらう立場だったら気持ち悪いなんて言わないが。だけど単純に、折れていないほうが気持ちいいと思うのだ。

とはいえ適当な封筒がない。ちょうど購入した包装紙の残りがあったので、作ることにした。
色こそモノクロであるものの、『LOVE』やら『POSSIBLE』『hope』の文字が不規則に並ぶ非常にポップな封筒になった。敬意よ、どこへ行った。和紙もあったのだが、こちらで作るといささかやりすぎというか、かしこまりすぎな気がした。家にある中で一番適当だったのが、このモノクロ包装紙だ。次回はちゃんと買うか。いや、わざわざ買うのもやりすぎな気がする。銀行の封筒を多めにもらうのが無難だろうか。これならもらうほうも気兼ねなく受け取れるはずだ。

そんなことを考えながら、私はライターの一人に報酬を手渡した。中には手書きの明細メモが入っている。

「かわいい」

受け取った彼女の第一声がこれだった。さらに帰宅してからメモを見た彼女が、わざわざメールを送ってきてくれた。同封したメモも含め、とても心地よく届いたらしい。

私は、非常に単純である。
だからまた封筒を作っているのだ。
彼女も、まさか私が封筒をちまちま作ってきたとは思っていないだろう。よくよく見ると、少し糊がはみ出した跡があったり、切り方がズレていたりするのだが。私は基本的に、不器用で大雑把なのだ。それでも、ちまちま作る姿を予想していなければたぶん気が付かないと思う。
そのままがいい。気が付いてほしいとは思わないのだ。

私は、ひっそりと封筒を作る。端っこを上手く切れたとか、はみ出さずに糊付けできたとか、そんなことを小さく喜びながら。
黙々とつまらない技を磨いていく。

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