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宇宙とは何か vol.05「相対性理論」松原隆彦

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は第5回。前回までは天動説から地動説へと通説が移り変わる宇宙観の歴史を見てきました。今回、いよいよアインシュタインが登場します。かの有名な「相対性理論」の話です。

※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。続きをすぐに読みたい方は、ぜひ書籍をご購入ください。
また、宇宙にまつわる疑問について、松原先生が読者の皆さんからの質問にお答えいただく質問会も開催いたします!

松原隆彦先生オンライン質問会
開催日時:2024年2月15日(木) 19:00~21:00
参加費 :無料
対象年齢:小学生から大人まで
参加方法:オンライン(Zoom)
主催  :宇宙メルマガTHE VOYAGE編集部
     SBクリエイティブ株式会社
質問会の申込みは、2月13日㈫23:59で終了致しました。

アインシュタイン登場

光の速さの話が何度か出てきました。光の速さは秒速約30万km。地球から月までは2秒もかからずに到達できるスピードです。ものすごく速いですが、有限であるのがポイントです。宇宙の広さからすれば、遅いともいえます。

光は波の一種ですが、私たちが知っている他の波と違うのは、何もない真空中を伝わるということです。たとえば音は空気の濃淡が波として伝わるものですから、空気のない宇宙では音は聞こえません。SF作品では宇宙で銃の音がしたり爆発音がしたりしますが、実際は音が聞こえないのです。

しかし、光はほぼ真空に近い宇宙空間を伝わります。空間に物質がなくても伝わる特殊な波です。

そして、光の速さは観測者がどのような運動をしていようと常に一定です。アインシュタインはこれを「光速度不変の原理」として相対性理論の基本原理に入れました。

光の速さが常に一定とはどういうことでしょうか。

一般に、速さとは基準を決めなければ測ることができません。波がある方向に進んでいるとき、静止している人と、波と同じ方向へ移動している人、波と逆向きに移動している人とでは見かけ上の速さが変わります。波の速さと同じスピードで同じ方向に移動している人から見たら、波は止まって見えます。

電車で移動中、窓から別の電車が同じ方向に並走しているのを見たら、止まって見えることがありますよね。あるいはすれ違う電車はとても速く感じます。「観測者の動きによって速さが変わる」というのは経験上もそうですし、小学校の算数でも習うことです。

ところが、光の速さはそうではありません。光を追いかけながら測っても、遠ざかりながら測っても、同じ速度なのです。それまでの物理学の常識であったニュートン力学からすると、どうにもおかしなことになっている。それを「こうしたらいいよ」とあざやかに解決したのが、天才物理学者と呼び声の高いアインシュタインというわけです。

光の速度は一定で、時間と空間の方が人によって変わるのだと唱えたのです。

それまで、私たちには同じ時間が流れているし、空間も同じだというのが常識でした。アインシュタインはその常識を捨てて考えました。動いている人と止まっている人とでは時間も違うし空間のスケールも違うと考えれば、説明がつきます。時間や空間は誰にとっても共通のものではなく、相対的なものです。光のスピードは変わらず、時間や距離が変わるのです。

たとえば止まっている人からすると、動いている人の時間は相対的に遅く進んでいるように見えますし、長さは進行方向に向かって短く見えます。

相対性理論が本当だとわかる例

日常生活では、動くスピードが遅いのでそれを実感することはないでしょう。時間と空間は誰にとっても共通のものと考えて支障はありません。でも、光速に近くなると、アインシュタインの主張が正しいことがわかります。

加速器というのを聞いたことがあるでしょうか。加速器とは、粒子をすごい速さでぐるぐると動かす機械です。光速に近いスピードにまで加速すると、本来ならすぐに壊れてしまうような粒子が、長生きになります。光速に近い粒子の時間は、私たちよりも相対的に遅く進んでいるということです。ちなみに私が所属する高エネルギー加速器研究機構は、そんな実験をしているところです。

――なぜそんなに加速できるんですか?

質量が小さいからです。電子などの粒子はものすごく軽いので、加速が簡単です。加速すればするほど光速に近づきます。もちろん光速を超えることはありません。いくらエネルギーを加えても、光速の99.9999...%の速さになるだけで、光速を超えることは絶対にありません。

アインシュタインによる世界で最も有名な方程式E=mc2は、エネルギーと質量が対応していることを示しています。Eはエネルギーでmは質量、cは光速。エネルギーは、質量に光速の2乗をかけたものですから、小さな質量も大きなエネルギーに変換できることがわかります。

また、運動している物体は、その速さが光速に近づくほど見かけ上の質量が限りなく増大して、加速するのに莫大なエネルギーを必要とすることが導けます。加えたエネルギーが質量に変換され続けるからです。加速器の中の粒子も、質量が大きくなっていきます。もともとの質量が小さいので光速に近づけられますが、光速100%で移動するにはもとの質量がゼロでなければなりません。

それから、相対性理論が実生活に使われている例としてよくいわれるのがGPSです。GPSは人工衛星から来る電波を使って位置を割り出しているのですが、人工衛星は速く動いているため地上よりも時計がゆっくり進んでいます。これを調整しないと、GPSが示す現在地がすぐに実際の位置から何十mもズレてしまうのです。

重力の正体

時間と空間が「相対的」なものであるというこの「特殊相対性理論」を、アインシュタインは1905年に発表しました。何が特殊なのかというと、この理論は「重力を無視している」ということです。重力を無視した特殊な環境において、時間の進み方や空間の大きさは観測者によって変わる相対的なものだとしました。

それから約10年経った1916年には、重力も合わせて統合的に説明する理論を築き上げました。これが「一般相対性理論」です。

アインシュタインは、重力の正体を解き明かそうと研究を続けていました。

距離が離れているのに、なぜ引っ張り合うのか。物が落ちるとはどういうことなのか。

そして、時空間の曲がりが重力の正体であることにたどり着きます。

それ以前、ニュートンの万有引力の法則では、2つの物体の間に引力が働くと考えられていました。しかし、「一般相対性理論」によると、時空間の曲がりを通じて物体に力が働いているのです。

どういうことでしょうか。

時空間が曲がっているところを想像するのは難しい(次元が曲がる姿を捉えるにはより高次の世界を考えなくてはいけないということを思い出してください)ので、次元を落として考えてみます。でこぼこがある平面をイメージしてみましょう。そこにボールを転がしてみます。すると、ボールはへこみに吸い込まれるように動いていきます。

今度は、まっすぐの平面をイメージしてみます。ただし、その平面は、とてもやわらかいゴムでできています。今、とても軽いピンポン玉のようなボールが載っています。少し離れたところにボウリング玉を置くと、ゴムがゆがんでボウリング玉は沈んでいきます。さらに、ボウリング玉によってできたくぼみに向かってピンポン玉が転がっていきます。最後にはピンポン玉はボウリング玉にぶつかってしまいました。

これはあくまでたとえ話なので正確な説明ではないのですが、とりあえずは、このボウリング玉とピンポン玉が、地球とリンゴだと理解してください。

質量の大きい物体があると、まわりの時空間が曲がります。すると、曲がった時空間の中にある別の物体は止まっていられなくなって、自然と動きます。直接力が働いているわけではないのですが、曲がった時空間のせいで力が働いているように見えます。これが重力の正体だというわけです。

時空間の曲がりによって動き出した物体は、まっすぐ進もうとするのですが、軌道が曲がってしまいます。

地球もまっすぐ進んでいるだけなのに、時空間が曲がっているので太陽のまわりをぐるぐる回ってしまうのです。

時間がゆがんでいる

先ほどのボウリング玉とピンポン玉のたとえ話だと、物が地球に落ちるのは空間のゆがみのせいだと思われがちですが、実はこれは、時間のゆがみの影響の方が大きいです。時間の進み方は、地球から見て上ほど速く、下ほど遅い。そういうところに物を置くと、自然と下に落ちることになります。

――えっと……どういうことですか?

川の真ん中あたりの流れが速く、岸辺はゆっくり流れているとして、ボールを川に置くとどうなるでしょうか。ボールは流れの速い中央から遅い岸辺へと、押されるようにしてやってきます。最後にはボールは岸辺にたどり着きます。

冬の夜は遠くの音がよく聞こえるという現象があるのですが、これは地上と上空の温度差によるものです。音は気温が高いほど速く伝わり、気温が低いほどゆっくり伝わります。通常は地上が暖かく、上空が冷たいので音が上空へ逃げていくのですが、冬の時期に地上と上空の温度が逆転している場合、音の波が屈折して下に降りてくるんです。

川や音の例に似ていて、物体も時間の流れの速い方から遅い方へと移動します。地球に近ければ近いほど時間の進み方が遅くなります。大きな質量、大きなエネルギーのあるところに近いほど時間がゆっくりになるという性質があるのです。

――空間もゆがんでいるんですよね。

時間と空間の両方がゆがんでいるのですが、地球上で物が落ちることについては明らかに時間の流れの差が効いています。

といっても、盆地で測った時間と富士山の頂上で測った時間を比べても、普通の時計では差がありません。ただ、最近はすごい時計があります。東大の香取研究室が割合にして10のマイナス18乗の差が測れる光格子時計を開発しました。これを数センチ上に上げるだけでも、時間の進み方が速くなっているのがわかります。

――となると、タワマン上層階に住むより、下の方に住む方がいいんですかね? 上の方
に住む人の方が早く歳を取るってことですよね。

経験する時間は同じなので、どっちがいいというわけでもないでしょうね。極端に重力の強い星に作った高層マンションを考えれば、上の方で1年経ったのに下の方ではまだ半年しか進んでいない、ということは起こります。でも、下の方に住んでいる人の1年が半年になったわけではありません。その人にとっては普通の半年です。相対的に、時間が速く流れている人と遅く流れている人ができて、時計が合わなくなるのです。

それより高層マンションより、もっと面白い例を考えてみましょう。

ブラックホールです。極端に小さい領域に大量の物質が凝縮した天体です。あまりにも質量が大きく、時空間のゆがみは尋常ではありません。飲み込まれれば光でさえ逃れることができません。

ブラックホールの表面では、時間が遅れるどころの騒ぎじゃなくなります。外から見れば、時間が止まっているように見えます。

宇宙飛行士が宇宙船に乗ってブラックホールに突っ込んでいくとしましょう。遠くからその様子を見ていると、宇宙船の動きはどんどん遅くなっていきます。スローモーションのように動いていた宇宙船は、ブラックホール表面まで行くとほとんど動かなくなります。時間が止まったかのように、ピタリと動きが止まってしまいます。いくら待っても、先に進みません。

ただ、これは外から見た話です。ブラックホールに突っ込んでいく宇宙飛行士本人の時間はいつも通りに進んでいます。逆に、まわりの世界が速く動いているように見えるのです。宇宙飛行士はブラックホールの表面を通り過ぎて、さらに内部に進みます。もう外部と交信することは一切できなくなりました。光も電波も外に出ることができないからです。ブラックホール内部のことは本人にしかわかりません。

では、この宇宙飛行士はブラックホール内部でどうなるのでしょうか。ブラックホールの中心部付近は重力の変化が激しく、体の場所ごとにかかる重力の差が大きくなりすぎます。足から突っ込んでいくとすると、体は縦に長く引き伸ばされ、横からは押しつぶされて細長くなってしまいます。これを「スパゲッティ化現象」と呼んでいます。

もちろん、こんな変化に耐えられる人間はいません。残念ながら体はバラバラになってしまうことでしょう。

無重力状態とは何か?

どうですか、重力の話は面白いでしょう。

――待ってください。時空間のゆがみが重力を生み出すなら宇宙が無重力状態というのはおかしくないですか? 星々が時空間をゆがめて、重力が発生してしまいませんか?

たとえば宇宙ステーションの中は無重力ですが、あれはプカプカ浮いているというより落下しているのです。宇宙ステーションが地球から離れて進もうとしても、時空間が曲がっているので地球に向かって落ちているんです。落ち続けてぐるぐる回っている。

ジェットコースターやエレベーターで下に落ちていくとき、重力を感じなくなってフワフワすることがありますよね。体を支えるものと自分が同じスピードで落ちていくと、浮いている感じがします。

宇宙ステーションの中はそうなっています。確かに宇宙ステーションは時空間のゆがみに沿って落ちており、重力に引っ張られているわけですから、その意味では無重力ではありません。ただ、中にいる人は宇宙ステーションと一緒に落ちているので重力を感じません。こういうのを「無重力」と呼んでいるのです。

――どこにも落ちない、無重力の場所とかないですか? 1回、そういうところに行って、誰にも邪魔されず、引っ張られずに過ごしたい……。

太陽系の中では太陽の方へ落ちていきますし、銀河系で見てもやはり中心に向かって落ちようとします。銀河系を出てずっと遠くに行けば、時空間のゆがみがほぼない場所もあるでしょう。ただ、ゆがみが小さいだけで、まったくゆがんでいないわけではないのです。

というわけで残念ですが、お望みの場所は見つからなさそうです。

《続きは次回、vol.06をお待ちください》

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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。

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