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好きな庭がかわっていく-地上はポケットの中の庭-

今日はずっと家にいたので、本棚を眺める時間があった。
本棚を眺めているといつも手に取って読みたくなる漫画がある。

「地上はポケットの中の庭」田中 相

全5話の短編集で、すべて「庭」がテーマに関わっている。
どのお話が特に好きというわけではなく、全部好きなのだけれど、同じく気に入っていない話が一つもない短編集は他にもたくさんある。
その中でもこの短編集がぐっと心に残っているのは、どのお話も、良いと思うタイミングが違っていた、という理由からだ。

初めて読んだときは、『まばたきはそれから』というお話が大好きで、それ以外はあまりピンとこなかった。

『まばたきはそれから』は、自分が好きじゃない、将来の夢もない、進路希望調査になんにもかけなくて呼び出されて「あーあ」って思っているようなどこにでもいそうな女子高生が、中学の同級生であるプロ棋士の男の子とばったり再会して、話をするという、流れだけ書いてしまえばそれだけの短いお話なのだが、この女の子の「あーあ」という感じが当時の私にはとても共感出来て、女の子が最後走り出すシーンなんかに感銘を受けて、ひとつ頑張るか、と思えたのだ。それがとても印象に残っている。

それから先、読み返すたびに別の話が好きになった。

本当は絞り切れないし、すべてのお話を紹介したのだけれど、もう一話、最後にようやく良さが分かったお話を。

『地上はポケットの中の庭』

自分の誕生日パーティーや、娘の結婚式や、息子夫婦の妊娠の報告にむすっとしてしまうおじいさんのお話。
彼がむすっとしてしまうのは、家族が嫌いだからとか、大人数が苦手だとか(それもあるかもしれないけれど)ではなくて、ただ幸せがあると、いつかそれが終わってしまうのが怖い、と思っているのだ。

人は死ぬ
出会えば別れる
始まれば終わる

私には
耐えられないよ

だから、幸せそうな、そして終わりが明確にあるすべてが怖い。

この気持ちはとてもよくわかる。
幼いころ家で留守番をしているとき、私以外の家族の帰りが遅くて、もし事故にでも遭っていたらと想像してしまったが最後、人は必ず死ぬこと、誰しも別れがあるという重みに耐えきれなくなって一人で絶望していたことを思い出す。

けれど、このおじいさんは言う

いつも蛾のように
おそろしく光の
さすほうへ引きずり
だされてしまう

終わってしまう幸せを、避けようとしながら、結局はその幸せの方へ向かってしまう。


そして最後にとても素敵な、「あぁ、そんなにこわがらなくてもいいのかもしれない」と思わせてくれるような素敵な言葉があるのだけれど、それは、もし機会があってこの漫画を手に取ってくださったら、のお楽しみということで。

田中さんの漫画は、根底に流れている人の感情や田中さんの考え方を、端的できれいな言葉や、意表をつくカメラワーク(漫画の場合でもカメラワークというのかどうかはわからないけど)で魅せてくれる。

本屋や友達の家の本棚で、優しい緑の表紙の漫画を見つけたら是非手に取ってみてほしい。
優しい庭が、あなたを待っているはず。

(田中さんのもう一つの短編集「誰がそれを」もとても好きです。ぜひ。)


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