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狛犬 その2

A君の目下の趣味は釣りだ。
それも海。夜釣りが最高に楽しいという。

A君営業職に就いているので、
クレーム処理的な仕事も多い。
毎日がストレスでいっぱいだ。
大きな案件に携わっており、
十日間連続勤務が続いた後、やっと二日間の休みが取れた。
A君は一日ぐっすりと眠り、
次の日の夕方までを奥さんと過ごし、
夜は釣りに出かけた。

久しぶりの釣りにA君の気持ちは浮き立った。
A君がルアーや餌などを用意している間、
奥さんが弁当やお茶などをリュックに入れていた。
弁当などを一通り入れると、奥さんはA君に、

「一応入れとくね」

と言い、狛犬の面を入れた。

それはあの美味しい漬物などと一緒に、
A君のお母さんから送られてきた荷物に入っていたものだ。
地元では特別なものでもなく、
雑貨屋やおもちゃ屋やおみやげ物屋などでも普通に売られている。
どんな仕掛けで勝負しようかと夢中で考えていたA君は、
奥さんがリュックに面を入れるのを不思議に思うこともなく見ていた。


その日の夜釣りは大漁だった。
風が強く、天気は少し荒れていたが、
防波堤から釣り糸を垂らせばすぐにアタリがある。
A君は夢中で竿を振り続けた。

クーラーボックスはいっぱいになりつつあった。
A君のテンションは上がりっぱなしだ。
仕事の疲れなど吹っ飛んだ。
弁当にもお茶にも手をつけなかった。
アタリはおさまらない。
またも大きく竿がしなった。
興奮しながらリールを巻くと、
針にはクッションくらいの大きさのカレイがかかっていた。
もうA君は呆気にとられていた。
こんな大物は釣ったことがない。
クーラーボックスのふたはもうぎりぎり閉まるくらいだ。
それでもA君は夢中で竿を降り、糸を垂らした。

と、根がかりの感触がある。
根がかりとは針が海底にひっかかること。
その夜はじめての根がかりだった。
しかたなく、A君は針を諦めることにした。

しかし、少し様子がおかしい。
強く引っ張れば少し持ち上がる。
根がかりではないのかもしれない。
とすれば、かなりの大物。
A君はさらに興奮した。

ぐいぐい糸を引っ張りながらリールを巻いた。
やがて水面近くに何かが浮かんできた。
黒くて丸い。
水面はほぼ真っ暗なのでよく見えない。
A君は帽子に付けたヘッドライトで水面を照らした。

小さな光の輪に浮かび上がったものは、黒いボール。
違った。

それは人間の頭だった。
<つづく>


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