見出し画像

事故物件 その2

部屋の中でも異変は見受けられた。
匂いだ。
常に部屋が生臭い気がする。

特にリビング。
玄関を入ってすぐの扉を開けると八畳のリビングがある。
リビングの隣は寝室。
寝室からこのリビングに入った瞬間、
気のせいかどうかわからないくらい微妙にだが生臭いのだ。
外から帰ってきた時も臭う。
忙しくて料理もできていない。
だから前日の調理の残り香ではないし、
つまり生ゴミもほとんど出ていない。
臭くなる要素はなかった。

「……あと、もう一つ妙なのはね」

リビングでうとうとした時に、尋常ではないくらい疲れる。
カーペットの上で十分ほど眠ってしまった後、
ベッドにいけないほど急激に疲れてしまっているのだ。

「もう、ちょっとだけ後悔してました。
いや、信じてはいなかったんですけどね、それでも」


ある日、Tさんは酔って帰ってきた。
彼女の限界を軽く超えるほど飲んだのだ。
クレーム処理に明け暮れた日だった。
飲まずには帰れなかったのだ。

Tさんはその夜リビングに寄らず、
キッチンで水をコップに二杯飲むと、
スーツのままでベッドに転がった。
間もなく、泥のような眠りが押し寄せてきた。


Tさんは目を覚ました。
きゃはははは、という声を聞いた気がしたのだ。
深夜。時計は三時を指していた。

部屋には作り物めいた静けさが充満していた。

「不思議なんですね。
静けさが、なんていうか、嘘っぽいというか。
さっきまで明らかにざわざわしてたのに、急に静かになった感じ」


Tさんは目だけで、
リビングと寝室を隔てるドアを追った。
ドアには20センチ四方くらいの小さなガラスが、
横二列、縦五列の計十枚はまっている。

そのガラスを見た。
寝室よりリビングの方がわずかに明るい。
豆電球がつけっぱなしになっているのだ。
オレンジ色の光が洩れていた。

ぱたぱたぱた、と走る音が聞こえた。
ガラスの下の方を、白い何かがさっとよぎった。

全身に鳥肌が立った。
もうTさんは、その物件を選んだことを完全に後悔していた。
疲労感はピークだった。
Tさんは四つんばいで、
それでも極力音を立てないようにドアに近づき、
ガラス越しにリビングを覗いた。

息をのんだ。
部屋の真ん中に、男の子が四人いた。
みんな十歳くらい。
車座になっている。

Tさんは辛うじて息を殺しながら、
薄暗い豆電球の灯りに照らされた男の子達をもう一度よく見た。
まじまじと見て、
改めて手のひらで口をぐっと押さえ、
のどもとまでせり上がってきている悲鳴を飲み込んだ。
<つづく>


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?