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事故物件 その1

「最初から、いわゆる事故物件なんです、って言われてました」


Tさんは田舎から出てきて一年目。
つまりキャリアウーマン一年生だ。
口癖は“デキる女”。
どんな仕事にもチャレンジするポジティブな人だ。
残業が多い仕事であることは面接の時から言われていた。

「だから何より職場から近いマンションがよくて。
会社と家との往復が長いのって疲れるな、と思ってたんで」

不動産業者に告げられた事故物件という言葉。
Tさんは一瞬ぞっとしたが、
そのマンションでかつてどんなことが起こったかはその業者も知らないという。

「知っていたのにとぼけていたのか……とにかく教えてはくれませんでした」

体質によっては、人の気配を感じる。
そんなような報告は受けている、と業者は告げた。
Tさんは霊感などまったくない人だ。

「そんな程度なら多分わたしは大丈夫だろうなと思いました。
 心霊体験とかまったくないし、そもそもそんなのまったく信じていないし」

条件が魅力だった。
会社から電車で三駅。
新しさも便利さも値段も申し分ない。
事故物件だ、ということを除けばこんないい物件はないのにねえ、と業者は言う。
Tさんはそこに決めることにした。

暮らしは快適だった。
会社に告げられていた通り残業が多かったので、
家に帰ってからも自分の時間を持てるのが何よりだった。

「同僚の子なんか家まで一時間半くらいかかるらしくて。
わたしとおんなじ時間に会社を出ても、着く頃には12時回ってたり」

もっともそのマンションは閑静な住宅街にあって、
セキュリティなどもしっかりしているらしいが。
それでも当分の間、
Tさんは自分だけの城の暮らしを満喫していた。

数日後、体調に変化が現れた。
体がだるい。
寝ても寝ても疲れが取れない。

「当然、仕事にまだなれていないせいだと思ったんですけど」

Tさんはストレスを感じにくい性質だった。
学生時代からテニスをしていて体力にも自信がある。
疲れていても寝ればリセット、というのが自慢だった。
それなのに。

「だるさは蓄積されていきました」

一ヶ月もすると、階段をあがることも辛くなった。
体重も落ちた。
ダイエットになっていい、
などと軽口を叩いていられない痩せ方だった。

「とにかく食べても食べても太らなくて。
それで高カロリーのものとか甘いものばっかり食べてたんですけど。
そしたら内臓の具合も悪くなってきて、肌もガタガタになってきて」

仕事の能率も下がり、自信も失われつつあった。
すべてがマイナスに作用しはじめていた。
<つづく>



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