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事故物件 その3

「全員、頭が無かったんです」

正確には目から上。
四人全員の頭の鉢の部分が、
すっぱりと水平に切り取られたように無かった。
頭の内部は真っ黒で、
ねばねばした何かでところどころ反射していることはわかる。
だがよく見えない。

四人は向かい合って、
手遊びしながらゲラゲラ嗤っていた。
ぼそぼそと早口で会話しているようだがよく聞き取れない。
手に持ったソフトボール大のものを互いに顔にぶつけあったり、
お手玉のようにぽんぽん放り投げたりしていた。

さらにTさんは目を凝らした。
ソフトボールに見えたそれは、脳髄だった。
彼らは自分の脳を放り投げあって遊んでいた。

一人がきゃははははははは、という甲高い嬌声を上げた。
一人がごぼり、と大量の血を吐いた。
それにあわせて他の二人も、
激しくえずき、むせかえりながら何度も血を吐いた。

フローリングは一面、血の海だった。
Tさんのいる寝室まで濃厚な血の臭いが漂ってきた。
四人は真っ赤な口を大きく開けて乱ぐい歯を剥き出し、
なおも嗤い続けた。

口に溜まった苦い唾を思わずごくり、と飲み込んだ瞬間、
四人は動きを止め、ゆっくりと目の無い顔をこちらに向けた。
幸運にもTさんはそこで意識を失った。


「朝起きたら、血の痕跡はまったくありませんでした。でも」

そこはかとなく、血の臭いはした。
その日Tさんは会社を休むとすぐ部屋を解約した。
今は彼女の同僚と同じく、
会社から一時間半の遠距離通勤を楽しんでいる。

「通勤時間はビジネス書を読んでいます。始発駅なんで、必ず座れるんですよね」

彼女のデキる女としての人生は、ようやくスタートを切った。



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