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トンネルのなかで

「絶対ほんとの話です。見間違いなんかじゃない」

I君はそう前置きし、話してくれた。


I君は中学の頃、サッカー部だった。
そしてI君の学校はサッカー部が強いということで、
大阪ではけっこう有名だったらしい。
他校との練習試合のためにどこかに遠征する、
ということも頻繁にあった。


その日も練習試合だった。
相手校はマイクロバスで山を二つ越えたところにある。
試合には勝ったものの、かなりの激戦だったゆえ、
運動量の多さにメンバーは疲れきっていた。
顧問の教師もチームメイトも、
帰りの車内では眠りこけていた。

I君もうとうとしかけたが、
バスの大きな揺れをきっかけに目が覚めてしまっていた。
時間は六時過ぎ。
暗くなりかけている。
外は山道。ぼんやりと霞がかっていた。
車内は静まりかえっている。
運転手とI君以外、起きている者はいない。

バスはトンネルに入った。
I君は前方を見たが、出口の光がすごく小さい。
かなり長いトンネルのようだった。
見た感じ、何百メートル。
いや、1キロ近くあったのかもしれない。

車の外は、トンネル特有のオレンジの光。
暗いので、
車内の蛍光灯のあかりで自分の姿が窓ガラスにはっきり映る。

ふと、I君は外を見た。
ガラスの中の自分も、もちろんこっちを見た。

その顔が、目を閉じていた。

最初、I君は違和感に気付かなかった。
しかし、待てよ。
今、自分は、目を閉じた自分を見ている。
目を開いて。

現実を認識した瞬間、I君は悲鳴を上げていた。

「うわあっ! 何やこれ!?」

I君の大声で、車内の全員が飛び起きた。
そして、全員がI君の方を向いた。
もちろん窓ガラスに写っている顔も一斉に振り向いた。

I君は見た。

ガラスに映った顔は、すべて目が閉じられていた。
一人残らず。


バスはトンネルを抜けた。
外のぼんやりした光が車内に入り込んだ。
窓ガラスに映った顔は何事もなく、
メンバーのあどけない、少し驚いたものに戻っていた。

「絶対、ほんとの話なんです」

I君は何度も念押しした。




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