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テント その2

暗闇の中でふと目を覚ました。

時計を見ると、夜中の三時過ぎ。
不思議だった。
S君は、一度眠ったら朝まで目が覚めないタチだ。
不思議に思いながらも、
S君は一服つけようとなにげなくテントの外に出た。

くわえていたタバコが、ぽろりと口から落ちた。
S君が大きく口を開けてしまったからだ。

目の前に、テントがあった。
自分のテントから、ほんの二メートルほど離れた場所に。

思わず対岸を見た。
そこにもテントがあった。

いや。一つではない。
対岸に二つ。
自分のテントの隣に一つ。

いつの間にかS君のテントは、
ほとんど同型の古びた三角屋根のテント三つに囲まれていた。


「怖さを認識する前に、本能的に退路を探したね」

隣に設置されたテントと川との間には、
二メートルくらいの通路が確保されている。
そこを通って、ここから離れよう。
S君はそう思った。
それには理由がある。
ただテントが増えていただけなら逃げ出すほどのことでもない。
問題はテントの中だ。

三つのテント、そのすべてに共通して、
内側に何かどす黒いものが大量に流れた跡がついていた。
血、に見えなくもない。

テントの中で何が行われていたか、
もしくは行われているか、
これから何が行われようとしているかなんて考えたくもない。
S君は音を立てないようにして最低限の荷物をまとめた。
そしてリュックを背負うと、
つとめて普通の速度で歩き、その場を離れた。
急ぐことも恐ろしかったのだ。


そのままS君は駅舎で朝を待ち、
七時を過ぎるのをきっちり確認したのち、キャンプ場に向かった。
キャンプ場には、自分のテントだけがぽつんと設置されていた。
三つのテントは、張られた形跡すらなかった。

「もう一人っきりでテントを張るのはやめにしたよ」

S君が好きなのはあくまでもアウトドアであって、
決してサバイバルではないのだ。



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