因習
友達のNちゃんの車でドライブをしていた時のことだ。
日曜日。天気のいい昼下がりである。
当時住んでいた場所からかなり遠出して、
O県の山道を走っていた。
途中、かなりいかつい神社を見た。
そこは山道に面していた。
神社、という言葉からは想像もつかないくらい大きくて、
なにやら神殿のような趣があった。
相当古びているにもかかわらず、
ゴミなどは全然落ちていなかった。
地元の人が気をつけているんだろうな、
と僕達はなんとなく納得した。
より山深くなる道を選び進んでいると、
大木に打ち付けられた看板が見えた。
名は伏せるが、
『○○集落』
と、白地に毒々しい赤いペンキで大書きされていた。
「さっきの神社。たぶんこの村の人達が掃除してるんだよ」
Nちゃんが言った。
僕もそう思った。
確かに車道ではない最短距離を選べば、
慣れている人ならば十分くらいで行けそうだった。
舗装もされていない道を進むと、
道の両脇に古い民家が建ち並びはじめた。
全部で二十戸くらい。
メインストリートであろうその道の上にも、
平行して山の斜面を切り拓いた道があり、
そこにも民家が何軒かあった。
人は一人も歩いていない。
メインストリートの一番端にある家が一番すごかった。
茅葺で、水車小屋まである。
「見て、この家」
「田舎にはまだまだこういう家あるんだよなあ」
車を停めて、車内から見入っていた。
ふと、何気なく後ろを振り返って、ぎくりとした。
いつの間にか車は、何十人という人に取り囲まれていた。
村人達だ。
もんぺみたいな作業服を着ている。
全員が手ぬぐいでほっかむりをしている。
手には、何やら司祭で使われるような矛みたいな棒や、
すきやクワといった農具を持っている。
鎌を持っている人もいた。
そしてその顔。
赤をベースとして、
緑や黒や黄色といった極彩色でペイントされていた。
同じ模様は二つとなかった。
「出て行け!」
先頭にいた女が言った。
まがまがしい、クマドリのようなペイントを施している。
「余所者が来るとこじゃねえ」
手に持ったクワを大きく振った。
鎌を持った男が大きく振りかぶった。
「あままがつひもがな!」
何と言っているかわからなかった。
今にも鎌を投げつけかねない勢いだった。
僕達はつとめて冷静に一礼し、
急いで集落を出た。
Nちゃんはかなり取り乱していた。
「怖い怖い怖い! 何、何なのあの人達!」
でもあの村の人達にとっては
「何なんだ、あの侵略者達は」
だったのかもしれない。
カーナビもなかった頃だ。
あの村に行く方法はもうない。
ずいぶんたってからネットで調べたが、
あの村を思わせる記述は見つけることができなかった。
都会から、ほんの数キロの場所だ。
僕達の熟知している常識、安全、現実。
そんなものは実にうすっぺらだ。
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