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ばんこく逍遥

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メガロポリスと化したバンコクでの日々と、立ち寄った万国の片隅でゆれうごめくよしなしごと。おもに移動してます。
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#旅行

輪郭

輪郭

 

 現代の都市生活にあってリアルへのとば口は、都心の閉鎖空間にこそ開く。ふだんは気にもしないブロック塀を抜ける朽ちかけた木扉や、マンション地階のごみ収集場から地下へと降りる階段の先で、真実はつねに口を開けている。そこは精霊の現れぬ森であり、自我の輪郭は森奥でどろりと溶けだすときを待っている。
 
 線路際まで迫るスラムを列車が走り抜ける光景は、いまやバンコク近郊の観光資源になって久しい。東京以

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夢七夜

夢七夜

 
 とめどなくイメージや言葉があふれ出てくるので、
 幾らかを書きつけておこうとおもう。

 映画について。ミニシアターについて。映画をめぐる人々と言葉について。 

 きのう3日目を終えた、全国18館のミニシアター連携企画『現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜』。
 (公式HP: https://arthouse-guide.jp/#theater

 第1夜が『ミツバチのささ

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馬鞍山

馬鞍山

 
 今回の香港・深圳滞在は、域内のキリスト教会取材が主目的となる。
 そのうえで自身の抱える障害は主に2つ。

 ひとつには、広東語も北京語も喋れないという困難。

 ふたつ目には、(社会的ポジションとしての)信仰をもたないという困難。

 これらはぼく個人が一方的に抱えている困難で、したがって乗り越えたければ勝手に乗り越えろという話に過ぎない。しかも乗り越えて何の得があるのか、常識的に考える範

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青衣島

青衣島

 

 二階建てバスの二階の先頭席は、事故のとき一番死ぬから香港人はあまり座らないんだよ。

 嬉々として先頭席に陣取ったぼくの隣に腰をおろして、そう教えてくれたのは誰だったろう。美蕾かな。いやdelphineか。はっきりと思い出せない。隣席からこちらをのぞき込む、いたずらっ子のような瞳の光と声の反響だけが脳裡によみがえる。

 窓外は雨のぱらつく濃い曇り空で、弾丸道路がランタオ島の北側を貫通して

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接十分鍾的吻

接十分鍾的吻

 

 香港。

 “世界一危険な国際空港”として知られた啓徳空港が健在の1997年、初めて当地へ降り立った。99年間の租借を完了し、英国から中国への返還が行われたまさにその年、香港の街はそこらじゅうに異様な興奮と不安が渦を巻いていた。

 九龍の高層建築すれすれを旅客機が飛んでゆく様は、着陸寸前の機内の窓から見るだけでも想像以上の迫力で、シートベルトをはずす前からぼくのテンションは最高潮に達して

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無数の愛

無数の愛

 

 海では浮力が強くはたらくから、大きく息を吸いこむと、そのぶんだけ潜るのに力を使う。

 深くまで潜りたいからたくさん息を吸いこむのに、これではなんだかあべこべだ。けれどすこしだけ力をふりしぼり、ある見えない均衡線を超えたとき、海底へと垂直に沈んでいくのがぐっと楽になる。

 得意なことの大半は、放っておいても巧くできてしまうことなので、何ができているかをきちんと自覚することはなく、なぜ得意

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