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「患者さんや医療者に負担をかけない検査手法を」~大阪大学医学部附属病院医師、渡邉玲さん

 「フォトニクス生命工学研究開発拠点」が取り組む研究課題の一つが、研究課題5「生命情報解析による生体分析・診断法の開発」。リーダーを務める渡邉玲さんは、大阪大学医学部附属病院の皮膚科医師であり、同大学大学院医学系研究科アレルギー免疫疾患統合医療学寄附講座の准教授です。拠点ではどのような活動をしているのでしょうか。皮膚科医局で話をうかがいました。(聞き手、サイエンスライター・根本毅)

 フォトニクス生命工学研究開発拠点は、さまざまな生体情報を計測、数値(デジタル)化し、活用することで社会を支えるフォトニクス技術の開発と社会実装を目的に生まれました。大阪大学と連携しながら、大阪大学 大学院工学研究科・フォトニクスセンター、産業技術総合研究所生命工学領域フォトバイオオープンイノベーションラボ、シスメックス株式会社などの企業と一緒に研究を行っています。 フォトニクス生命工学研究開発拠点のWEBサイトはこちら

──研究課題5の「生体情報解析による生体分析・診断法の開発」では、具体的に何を開発するのですか?

 実は、「生体情報解析による生体分析・診断法の開発」という課題は、この拠点で行われているすべての医工連携研究に当てはまります。拠点の最終的な目標は健康や疾患に関わることが圧倒的に多いです。例えば、生体情報や検体情報を集める場合、病院がないと難しいですよね。それぞれの連携研究を推進するために、病院としてまとまって関与する、というのが私たちの役割だと考えています。拠点の他の研究課題と連携して、研究開発を進めることになります。

「生体情報解析による生体分析・診断法の開発」のイメージ

 このため、何か一つのものを開発するのではありません。拠点のリーダーの藤田克昌先生がおっしゃるように、拠点の研究開発はパイロットスタディ的で、一つ一つの成果が打ち上げ花火なんです。その花火を見て、技術やノウハウを求めて世界から人が集まる。そういうイメージです。私たちは、いろんな人が花火を上げる手伝いができたらいいなと思っています。

──この研究課題5は、最初の2年間の育成型の時にはなくて、今年4月に本格型に移行した時点で追加されました。どのような経緯だったのでしょうか。

 私たちの研究課題は、個別に進められてきた医工連携をとりまとめて、より効率的に推進していく必要があるため追加されたと理解しています。

 私は、本格型が始まる約半年前に拠点メンバーに加わりました。最初、何も知らないところからスタートし、お恥ずかしながら「こんなにもたくさんの医工連携プロジェクトが個別に進んでいたんだ」と知って驚きました。

 病院は、外からはまとまって一つに見えますが、一つ一つの診療科は独立しています。内科と外科は違いますし、内科の中でも例えば消化器内科と循環器内科で着目する臓器、検査手法、検査所見が全く異なることは想像しやすいかと思います。私が所属する皮膚科も、内科的要素、外科的要素があるとされながらも、やはり内科や外科と違います。このように診療科が分かれている理由は、診療科の専門性によるものですから、例えば私が循環器内科のカルテを拝見しても、専門の先生のような理解は無理です。病院は、独立した専門性の高い診療科の集合体なんです。

 このため、ある診療科が医工連携をしていても、その目的、意義が当事者にしか理解できないことが多々あります。これを病院としてまとめることで、見える化ができます。連携の検討が進んでいない分野が分かれば、共同研究の効率的な推進につながりますし、連携の進んでいる分野の内容を、他の分野へ広げていくことも可能になるかもしれません。

──見える化されれば、連携の空白域も分かりますね。そもそも、どのような連携をしているか互いに分かりにくい状態だったというのは意外です。

 もしかしたら、工学部の先生方からは割と見えるのかもしれません。しかし、病院側はそういう状況です。医と工は互いにとって非常に強い連携先なのに、私たちは工学部で打ち上げられた花火が自然に目に留まるということには残念ながらなりません。

 病院の中に花火を見る場所ができればいいんです。連携を見せる場を作り、「実際にこれだけやっています」というのが形として分かるようにすれば、連携に加わってくれる方が増える可能性があると思います。花火大会があるんだと知ってもらうだけでも違うと思います。

 私自身も、この拠点に加わってから、「皮膚科とフォトニクスが組んで行えることがいろいろありそうだな」と考えるようになりました。例えば、皮膚科研究でも、皮膚の細胞をバラバラにして種類別にいろいろな測定をすることが多いのですが、皮膚の構造自体や、その中での細胞の分布の仕方ももちろん考えなければいけません。フォトニクスを活用すれば、どんな物質が皮膚の組織のどこに分布しているのかを、皮膚の構造そのままの状態で測定することができます。実際に試して初めて、見ることができるんだと知りました。拠点に参加していなければ、そんな技術を知らないままだったわけですよね。こんな風に、技術を知ることによって進められる研究というのはたくさんあります。

 他の診療科も状況は同じだと思います。私たち医療の側は、「これをやりたい」という強い意思がなければ工学部にシーズを探しには行きにくいですが、「へえ、こんなことができるんだ」ということを何かのはずみに知ることができれば、そこから共同研究が始まる可能性は大きくなりますね。

──他に、病院として連携研究をまとめて把握するメリットは何があるでしょうか。

 私たち医療従事者が求めているニーズをアピールする機会もできます。
 近年、検査や診断の手法はみるみるうちに進歩し、精度も非常に上がっています。ただ、やはり侵襲検査がメインで、患者さんの負担は軽減されていません。これが大きな問題として残っています。

 また、医療従事者の負担も増しています。新しい検査法ができると、医療従事者は手技を覚え、原理を知り、精度を理解し、検査結果が出るまでの時間を把握する必要が生まれます。100%の検査方法はありません。いくつかの検査を組み合わせて、総合的に診断と治療方針を決める、というのが医療のあり方だと思うのですが、ツールが増えれば増えるほど医療従事者の負担は増えてしまいます。私たち医療従事者のニーズが元にない開発というのは、かえって医療の精密さや正確さを曲げてしまう結果になりかねません。

 このため、私たちのニーズを拾い上げる場が拠点にあるというのは非常に役に立ちます。

──開発の最初の段階から、医療者のニーズを組み込むことが重要なんですね。

 はい。従来の医工連携は「こういう装置ができました。こんなことができます。何かに使えませんかね」という話を病院側がいただいて、「では、こういう使い方で」というケースが多いと思うんですね。一方、私たちが「こういう測定装置が欲しい」と思っても、誰に聞けばいいのか、何の技術を用いて作ることができるのか、が分からないわけです。ニーズを工学部の先生方に知ってもらう場があれば、シーズと結びつけられる可能性が高くなります。

──以前、どこかで聞いたのですが、医療の人と工学の人では研究開発での時間の感覚が違っていて、医師は目の前の患者さんを早く治したいから短いスパンで考えると。そういう感覚はありますか?

 そうですね、診断や治療の手法の開発はすごいスピードで進んでいるので、構想の時には必要だったものが完成時には他で代用できるようになっているという可能性も十分にあります。そういう意味で、スピードは大切なんだと思います。

 それから、「二度目がない」という感覚は大きいですよね。同じ条件を繰り返し作ることは、患者さんには不可能です。工学実験とは異なります。同じ病気の同じ患者さんであっても、昨日と今日では状態が違っていて、昨日の状態には二度となりません。そういう無常のなかで、「今、こんな検査ができたらな、こんな治療ができたらな」と思うことはしばしばあります。

──先ほど、「生体情報を集める場合、病院がないと難しい」とおっしゃいましたが、生体情報を集めることもするのですか?

 そうですね。課題6と連携し、データベースを作ることになると思います。例えば、手術の検体や血液などの測定データと、疾患の情報をひも付けしていくと、今まで知られていなかった関係性が見えてきて、新たな診断法に結びつくかもしれません。こうした関係性は狙って見つけるだけではなく、情報を蓄積していくことが大切です。そのための手続きも担当し、円滑に進むようにします。

──拠点は、10年以上続きます。今後の抱負をお聞かせください。

 医療従事者として求めるのは、私たちが診断、治療に難渋するような疾患について、診療室内で完結するような手軽な検査で迅速に情報を得て、的確な診療に結びつけられるようにすることです。既に確立しているような診断技法、治療技法を、より侵襲が少なく、短時間で行えるようにすることも大切だと思います。そのためには、医学の基礎研究の益々の発展も不可欠です。そんな観点から、医工連携の進展に直接関わり続けていきたいと思います。

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