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ダークマターの飛脚 | 第1話 | 悪魔との邂逅


 酷暑だから、熱中症には気を付けていたが、自宅がもう見えている地点でしゃがみこんてしまった。

 こんな非常事態の際にも、羞恥の気持ちがあり、人を呼ぶことを避け、その場にしゃがみこみ、回復するのを待った。

 たまたま通りかかった人が異常を察して、救急車を手配してくれた。気がついた時には、私は病院のベッドに寝ていた。


 その晩になって、私はようやく目を覚ました。しばらくすると、巡回の看護師がやって来た。

「ご迷惑をおかけしました。熱中症でしょうか?明日には退院できるでしょうか?」

「お目覚めになられましたか。とりあえず意識を回復されたようで。病状の詳しいご説明は後日、先生のほうからお伝えします。今日はごゆっくりなさって下さい」

 看護師はそう言うと、そのまま姿を消してしまった。


 翌日の午後になって、担当医が私のもとへやって来た。

「体調はいかがでしょうか?」

「良いとは言えませんね。やはり熱中症でしょうか?」

「単刀直入に申し上げます。熱中症ではないようです。もう少し体力が回復しましたら、精査してみましょう」


 結論を言おう。私は膵臓ガンだった。結局、全摘することになったが、無事、退院の日を迎えることができた。しかし、私の余命は3年だと診断された。

 不安はあったが、きっとこれで良かったのだろう。もともと長生きなんてする気持ちはなかった。ただ、かなり日常生活が制限されることになった。

 数時間おきに、詳細に数値を記録したり、インスリンや消化酵素剤を自ら手で打たねばならなくなった。


 だが、自ら注射することにも、徐々に慣れてきた。ただ、スタッフたちが退社して、ひとり設計の仕事に没頭していると、ウッカリ注射しなければならない時間を忘れそうになることがあった。

 「危なかった」と一人言をもらすことが何度かあった。
 


 今日のオフィスには私1人。PCの画面で、構造計算書を作成していた。

 一通り依頼された仕事をこなしたあと、個人的な趣味で、理想の建造物を夢想していた。
 依頼された仕事とは異なり、予算や敷地などの制約は何もない。
 制約が何もないと逆に考えがまとまらないこともあるものだ。土質力学のテキストを見ながら、あえて脆弱な地盤に高層ビルを建設することを考えていた。

 ふと時計を見ると、注射の予定時刻を30分オーバーしていた。

「危ない。早く打たねば」と一人言を言ったとき、奴は私の前に初めてその姿を現した。


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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします