短編 | これでサヨナラ
最後の日も満員御礼・完売とはならなかった。最後の客となった男性も私のことを知っていたわけでなく、たまたまこの店を訪れたに過ぎなかった。だから、逆にホッとしたというか、なんの思い入れもない一見客で良かった。延長もなく、予定通りの時間に退勤することになった。
「ヒカリちゃん、今までご苦労様。働きたい気持ちになったら、また来てね」
いいスタッフに恵まれたと思う。だが、誰にでも最後の日には同じことを言っていることを知っていた。この店で働き始めてから半年に過ぎないが、何度も耳にしてきた言葉だ。
「ありがとうございます。お世話になりました」と言って、いつも通り今日の分のお給料をいただいた。
「では、これで失礼いたします」と言って菓子折りをスタッフに手渡した。
「あっ、そうそう。ヒカリちゃんの店のブログは、明日いっぱいは使えるから。あさってになったら…」と少しためらいがちに言われた。
「そうなんですね。ありがとうございました」
とくに何の感慨もなかった。あさってになったら、完全に縁が消える。それだけのことだ。
夜の仕事を専業にしているのに、最後の日も午後6時に仕事あがり。それ以降の時間は競合の女の子が多いから、私が決めた時間ではあったけれど、その程度の女なのだろう、私は…
いつものように、スタッフに南千住駅近くまで送ってもらって、常磐線に乗り込んだ。この時間は混雑していて、スマホを落ち着いて見ていられない。とくにもう見る必要もないのだが。電車に揺られながら特に何をするでもなく、いつもの最寄り駅で降りた。
誰も待っていないマンションにたどり着いた。ふぅ、と今日始めてのタメ息をついた。これで良かったんだよね、と一人言。もうしばらく何の予定もない。何もやる気がしない。
どのくらいの時間が経っただろう。意識を持ったまま、放心状態がつづいていたというか…。気がついたときには、今日という日が終わろうとする時間になっていた。
軽く風呂で体を流したあと、店のブログをアップすることにした。とりあえず、最後の挨拶くらいはしておこうと。
言い残したい強い思いはない。私を指名してくれた客も多くもない。三度目以降も私を指名してくれた客はいなかった。
「今までありがとう」という文字を打ち込んだが、違和感が大き過ぎたからすぐに消した。そんなことより、今のありのままの自分の気持ちを書くことにした。ヒカリという源氏名の私ではなく、灯莉(あかり)という本名の私として。
私に『ありがとう』とか『辞めないで』というメッセージは送らないでください。そんな言葉を言うくらいなら、一度でもいいから会いに来てほしかった。
どんなに頑張っても、正直に言って、全然売れなかったし。別にこの店が始めてではなかったから、やっぱりこれが私の実力なのでしょう。
好きな日の好きな時間に働ける風俗という仕事は、私の生き方に合っていました。でもそれだけのことでした。
いまさら温かい言葉なんて必要ありません。また気が向いたら、働くことになるでしょう。でも、風俗で働くのはもういいかな。何の進歩もないから。
これだけ書いたら、ばかばかしくなってそのまま寝てしまった。
朝、目覚めて、ブログを確認したら、たくさんのレスが書かれていた。
「ヒカリちゃん、辞めないで」
「ヒカリちゃんとまた遊びたいなぁ」
傷ついた。
私は消される前にすべてのブログを削除した。
(おしまい)
フィクションです。
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします