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短編 | 永遠のふたり

「もしもし、優奈さんでしょうか?」

 金曜の夜、電話が鳴った。聞き覚えのある声だったが誰だか思い出せない。しかし、懐かしい。

「はい、優奈ですが、あの…」

「突然の電話をしてしまって。わたしはヒロキの母ですが」

「あぁ、ヒロキ君って、私が小さい頃によく遊んでくれたヒロキ君でしょうか?」

 ヒロキ君は私が保育園にいたとき、いつも一緒に遊んでくれた男の子だ。けれども、突然ヒロキ君は保育園をやめてしまって、それ以来連絡がつかなくなっていた。

「驚きますよね。優奈さんと一緒に保育園に通っていた方をたよりに、ようやく優奈さんにご連絡をとることが出来ました」

 私には、今でも付き合いのある保育園のときの友人はいない。「どうやって私の電話番号を知ったの?」という疑念が一瞬頭をかすめたが、ヒロキ君に会えるかもしれないという思いがまさった。

「あの、ヒロキ君はお元気でしょうか?ヒロキ君とお話することは出来ますでしょうか?」

「はい、今日優奈さんにお電話差し上げたのは、ヒロキと一度会っていただけないかと、お伺いしたかったからなのです」

 ヒロキ君は、私の腕を引っ張って歩くような活発な男の子だった。私のファーストキスの相手はヒロキ君だった。その当時のイメージが強い。会いたいのなら、なぜヒロキ君本人ではなくお母様から連絡が来るのだろう?

「あの、ヒロキ君は今、どうされているのでしょう?」

「はい、恥ずかしながら、ヒロキは精神的に病んでおりまして。現在自宅療養をつづけております」

「そうですか。それはお気の毒に。ではお会いできる状況になりましたら、お伺いさせていただきますね」

「優奈さん、ありがとうございます。きっとヒロキも喜ぶと思います。一応、こちらの住所をお伝えしておきますね。いつでも、お気軽にいらしてくださいね」

 そのまま電話が切れた。しばらくしてから、電話番号を聞くことを忘れていたことに気が付いた。


 しばらくの間、最後にヒロキ君と会った日のことを思い出していた。

「優奈ちゃん、明日もボクとチューしてくれるかな?」

「うん」

 そうそう。最後に会った日は、私たちが初めてチューした日だったんだよな。次の日から急にヒロキ君と会えなくなってしまって、泣いてる日がつづいたんだったっけ。

 それから時を経て、何人かの男性と付き合ったけれど、私の心の中心には、いつもヒロキ君がいた。そのヒロキ君とようやく再会できるかもしれない。


 明くる日、住所をたよりにヒロキ君の家に向かった。その途中、見慣れた風景が目の前に広がった。
 そうか。ヒロキ君はずっと、この保育園のある街に住みつづけていたのか。そういえば、ヒロキ君とは、保育園以外の場所で会ったことがなかったな。
 
 徐々に目的地に近づいてきた。保育園の辺りとは違って、別荘のような建物が並んでいる。ヒロキ君はこういう場所に住んでいたのか。


 ようやくたどり着いた。表札は出ていないが、おそらくこの建物だろう。私は恐る恐るインターフォンに語りかけた。

「昨日はご連絡いただき、ありがとうございました。優奈ですが、ご在宅でしょうか?」

 何の返事もなかったが、しばらくの間待っていた。しかし、相変わらずひと気を感じない。間違ったかな?、と思って引き返そうとしたとき、玄関から白髪の貴婦人が現れた。

「お待ちしておりました。あなたが現在の優奈さんなのですね」

 「現在の」という言い方に、若干の違和感を覚えたが「はい、優奈です。突然伺ってしまって申し訳ありません。昨日はうっかり電話番号を伺うのを忘れてしまいまして」と答えた。

「いえいえ、とんでもございません。そういえば、肝心の電話番号を伝えるのを忘れておりました。どうぞどうぞ、こちらへお越しください」


 お母様に導かれるままに、屋敷の中へ入っていった。品の良い調度品が私を出迎えた。応接間に案内された。

「こちらへおかけください。優奈さん、お飲み物は何がよろしいですか?」

「いえ、お気になさらずに。それより、ヒロキ君はいらっしゃいますでしょうか?」

 しばらく沈黙がつづいたあと、「コーヒーになさいますか?お紅茶になさいますか?」と尋ねられた。

「では、お言葉に甘えて。紅茶をいただけますでしょうか?」

「かしこまりました。そのまま、ごゆっくりお待ちくださいね」


 お母様がダイニングの方へ立ち去ったあと、私は豪華な応接間を見回した。

 ステンドガラス、聖母像、十字架、イコン。まるで、教会にいるかのような錯覚を覚えた。
 大きな鏡の方へ目をやったとき、微かに片隅に、人形が見えたように思えた。目を凝らそうとしたとき、お母様が紅茶を持って私の前に現れた。

「お待たせいたしました、優奈さん。どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとうございます。では、いただきます」

 私は紅茶を飲みながら、先ほどチラッと見えた人形に呼び掛けられたような気がして、そちらに意識が向いていた。

 よく見ると、人形は男の子で、あの当時のヒロキ君にそっくりだった。

「あの、あのお人形はヒロキ君にそっくりですね」

 白髪の貴婦人が冷笑するように言った。

「優奈さん。何をおっしゃっているの?あれは人形なんかじゃありませんよ。現在のヒロキなんですよ、ふふふ」

「えっ?!」

「ヒロキはね、優奈さんのことが大好きだったようですね。あの日は『優奈ちゃんとチューしたんだ』って騒いでおりました。母親のわたしが見た中で最高の笑顔でした。ですから、その最高の笑顔をそのまま残しておきたいと思いましてね」

 恐怖心に震えながらも、私の意識は徐々に遠退いていった。

「優奈さん、眠くなりましたか?眠っておしまいなさい。今のあなたはとてもお美しい。そのまま、ずっとヒロキのとなりにいらしてくれたら、わたし、とても嬉しゅうございます」

 まるで合わせ鏡のように、私は無限の時間の中へ落ちていった。



(おしまい)


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