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短編小説🎯「ほくろ」②

(1)

 「秘書」との情事のあと、わたしはしばらく茫然としながら、薄暗いオフィスのソファーで、彼女の左胸のほくろを見ていた。

「社長、じっと見ないでください。そんなに立派なおっぱいじゃありませんから」
 彼女は照れくさそうに微笑んだ。

 無邪気に笑う彼女には、昔、生き別れた娘の面影が確かにあった。

「つかぬことを聞くが、君の初体験はいつだったんだい?」とわたしは場違いなことを口走った。彼女は少し照れながら、話し始めた。

「高校2年生のとき、先輩とでした。痛いだけだったんですけど、2番目の彼氏がとても上手だったので...」

「上手だったから?」

「それから、いろいろな男性と経験を重ねました。本気で誰かを愛したことはありません。でも、体が欲しがるんです。男の肌を」

わたしはそっと彼女のブラを手に取り、ホックをとめた。もう彼女の乳房を見ることはないだろう、と思いながら...

(2)

 服を着たあと、「お腹が空きましたね、どこかで食べていきませんか」と彼女が言った。
 「この時間では...そうだ、洒落たところではないが、行き付けの居酒屋でもいいかい?」
 「ぜひ、喜んで」

(3)

 居酒屋に着くと、いつもの個室に案内された。秘書と再び二人になった。彼女が先に口を開いた。

「さっき、私の胸のほくろをじっとご覧になっていたでしょう?そんなに気になりましたか?」

「いや、そういうわけではないのだが」

「そうですか」と言ったあと、彼女は話し続けた。
「わたし、実は小さな頃、お寺の境内に捨てられていた子供なんです。いろいろあって、現在の両親に育てられたのですが...」
わたしは黙って彼女の話を聞いていた。

(4)

「さっき、社長に抱かれているとき、なんか不思議な気持ちになったんです。あの恍惚感の中で、私の本能のようなものが、社長が私の本当の父親なんじゃないかって。そんなことはあり得ないことなんですけど。社長の肌触りが、なんか懐かしかったです」

わたしの視線の先には、彼女の左胸があった。

「そんなに見ないでください。冗談ですよ。それより、乾杯しましょう」と娘は無邪気に微笑んだ。愛おしい、と思った。罪悪感に苛まれながら...


おしまい


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