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ハリーポッターが執筆されたカフェ

大人になってから再びハリーポッターにはまったのは、イギリスという地にいたことと、コロナ中でおうち時間がたっぷりあったからだと思う。

私がその頃部屋を借りていた家では、ハリーポッターがイギリス国内で初めて出版されたその当時にまさしく、真新しい一冊の本を買って読んでいたという夫婦と、その子どもたちと一緒に暮らしており、彼らの歴史がつまったその本は子どもたちへと受け継がれ、親から読み聞かせしてもらっていた。

その内に私も読みたくなり、本を貸してもらった。そこまで本好きではなかったのに、こうして全巻を一気に読むなんて、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」以来だったかもしれない。日本語版のハリーポッターは3巻で挫折していて、映画も途中から見ていなかった私は、この物語の最後を本当に知らなかった。

この家の子どもたちは、ベッドタイム指令が出た後も私の部屋に忍び入ってきてはお喋りするのが習慣になっていて、何度も話の展開をばらされそうになりながら、なんとか最後まで読み通した。本が大好きな上の子が、私の背後にピッタリくっついて同じページを読むようになった時もあった。美術館で隣の人が同じ説明文を読んでいるだけでも集中できない私なのに、背後で同じページを読んでいる人がいるというのは凄まじいパワーだった。「Not yet?」と読むスピードが遅い私に呼びかけるその質問で楽しんでいたその子だったが、辛抱強い私も「Not yet.」と決して読んだふりはせずにちゃんと読み終わるまで待ってもらった(彼の親は爆笑していた)。

それくらい一文字も逃さずに読みたいと思う本だった。おそらくどの作品にも当てはまるのではないかと思うが、作者オリジナルの言語で読むとダイレクトに伝わってくるものがある。イギリスに住むようになって、込められたユーモアもよりわかるようになり、部屋のインテリアや食事なども想像できるようになった。

そうして全巻を完読した後は、映画だった。後半に連れてダークさを増す物語。恐ろしいシーンでビクビクする私と上の子とは違って、下の子(当時4歳)が平然と見ていたのをよく覚えている。。

そうしてハリーポッターに染まるStay at homeが過ぎていき、コロナによる行動制限が段階的に解除される度に、行ける範囲でハリーポッターゆかりの地ツアーを始めた。そしてもちろん、エディンバラに向かうことになった。

そこは、作者であるJ. K. Rowlingが住み、ハリーポッターの第1巻を執筆したカフェがある。

グロスタシャー州で育ったRowlingは、子どもの頃から熱心な物語の書き手だったという。しかし、彼女が10代の頃から、母親が多発性硬化症と診断され、成績優秀でExeter大学に進学したという経歴を持ちながら、10代をUnhappyだったと振り返る。

ハリーのアイディアは25歳の時点で既に持っていたという彼女だが、1990年の6月、かの有名なマンチェスターからロンドンへの遅延電車の旅で、動く階段や、ダンブルドアなど物語のより詳細のイメージが浮かんできたという。しかしながら、その年の12月、母親が45歳という若さで去る。Rowlingは深い喪失感のまま、英語教師の仕事のためポルトガルへ向かい、ジャーナリストと結婚、母となるが、娘が生まれる前から夫婦関係は難航しており、家庭内暴力を受けた。離婚して、一人娘を連れハリーポッターの原稿とともに向かった先がエディンバラであった。そこには妹のDianneが住んでいた。

エディンバラで生活保護を受けながら、シングルマザーとして娘を育て、時にうつ病とも闘った彼女。そんな中、暖房を求め娘を連れてカフェで執筆していたというのはよく聞く噂話だが、彼女自身のインタビューを聞くと、それよりも空になったマグに次のコーヒーを自分で淹れて、執筆の流れを乱してしまいたくなかったのだという。

彼女が執筆したといわれるカフェはエディンバラにいくつかあるようだが、私が数年前に訪れたのは、エレファントハウスという赤いペイントのカフェ。

朝、店員さんが到着する前から、お店の前をウロウロしていた私は、明らかにハリーポッターファンという感じで、ちょっと恥ずかしさを感じながらもOpenのプレートが出されると同時に「なんのために開店前からここへ来たのだ」と自分に言い聞かせ、一番に中へ入った。探していたのはRowlingのテーブルだった。

カフェの窓の外には、彼女が時々そのベンチに座って執筆していたという墓地が見える。こちらの墓碑に刻まれた名前に由来するキャラクターもおり、トム・リドル(ヴォルデモード)や、マクゴナガル先生などなんと主要な人物ばかりである。

店内はゾウのモチーフの物がたくさん

エレファントハウスは、その後火事に見舞われ、現在は閉店中・再オープンを目指しているそうだ。Rowlingのテーブルは難を逃れ、新しくできた同系列のカフェで現在使われているとのこと。

火事で閉店となったエレファントハウス

小説家の執筆した地・ゆかりの地というのは、何かその物語の気配を感じさせる。私は大好きな物語に出会うと、その作家が綴るに至った背景を知りたくなる。そして物語の世界観に近づきたくて、これまでもその作家ゆかりの地を旅行してきたことが何度かある。

言われてみれば当たり前のように聞こえるかもしれないが、色々な作家のインタビューを聞いているうちに、「自分自身で知っている世界を書いている」ということが共通していると感じた。こんな想像の世界をどのように創り出すのだろうか、と読者としては疑問に思うものの、やはりそれは作家自身が知っている・見てきた・経験してきた何かと繋がっているのではないかと思っている。

エディンバラで購入したポストカード