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宗教の家に生まれること②


私は親から愛情をたっぷり与えられて育った。
そう自信を持って言える。

ちゃんと愛された。
4人も兄弟がいて、3番目の私は割と放任されてたし、弟の方が手がかかるし、初めての子どもほどアレコレと気にかけてはもらえない。

それでも、親は私を愛してくれていた。今だって愛してくれている。


それはわかってるし、伝わっている。
それだけ大切にしてくれたから、私はお母さんのようなお母さんになりたいと思っていた。幸せな家庭を築くんだと、幼い頃から根拠のない自信があった。


一見幸せで、一見何も不自由がないのが我が家。
いや、幸せだった。けど、どこか私の心に穴があるのは、やっぱり欲しかった愛情の形ではなかったからなのだろう。


早く来た反抗期

私は小学4年生で反抗期が来た。しかもそれから中3まで反抗期なのだから、長すぎる。親は手を焼いていた。

でもこれは、うちが宗教一家だったからだと思っている。
「なんで手を合わせるのか?」「なんで楽しくもない集まりに行かなきゃいけないのか?」

めんどくさい
楽しくない
行きたくない

そんな子どもらしい理由で私は徐々に、家の「当たり前」をサボり始めた。
学校では普通のいい子で、普通に優等生で、特別不満もなかった。

家に帰ると一変して、少しでもイラつけば親に暴言。やりたくないことはやりたくない。構ってほしいけど放っておいてほしい。

だけど、親は宗教の活動を強制した。

大きくなるにつれて、争いが激化した。
「嫌だ」と「必要だ」の平行線。

当時「伝える」努力なんて考えないし思いつきもしない子ども。中学生なんてただでさえ、人間関係もやっかいになってきて、稚拙な者同士のコミュニケーションに切磋琢磨していっぱいいっぱいだ。

宗教のことになると「嫌なものは嫌」「わかってよ」が先行するだけ。そのままストレートにぶつける、反抗期。


もうあんなに争う元気なんてないと思うくらい、激しい平行線の争いをしていた。
私は怒鳴る泣く。母も泣き出す。父に出ていけと言われる。私部屋にこもって泣きじゃくる。

悔しくて悲しくて、でも誰かに相談するという頭もない。「話した所で解決しない」なんて切ない言葉だけど、宗教に関しては心からそう思っていた。誰かに気持ちをわかってほしいという段階は知らぬ間に超えていた。気持ちをわかってもらえても、変わらない状況にまた絶望するはず。

だから、当時私を受け止めてくれてたのは日記だけだったと思う。

何度も争って疲れ切って、こんなに疲れるくらいならと仕方なく集まりに付き添って、心はそこに居られないから、私は必ずといっていいほど集まりに行くとうたた寝をしていた。

あれは体の防衛反応だったんだと気づいたのはここ数年だ。


争うくらいなら戦いたくない冷戦期間

高校になると、そもそも部活で忙しかった。
平日は20時前後に帰宅して疲れて寝てしまうことも多く、土日も部活。部活三昧だった。

だから宗教に使える時間自体が少ないのだ。
そこまで少ないのだから、たまーになのだから、争って疲れるくらいなら「寝ててもいい」と言われるので集まりに行って寝る方が楽だ。

それでも時々、戦争が起きてはもう嫌だと冷戦というか休戦状態。

納得したわけじゃない、争うか従うかの選択肢しかなかったのだ。


大学では、一人暮らしをした。
たぶん、実家大好きな私が実家から離れて唯一と思えるメリットは、宗教から離れられることだった。

やっと宗教から解放される。
手を合わせなくても見られてないから何も言われない。親に集まり行こうと誘われることもない。



そう思ったのに、そんな自由なんて幻想だった。

引っ越してすぐ、ピンポンと若い女性が来た。
安アパートなのでチェーンをかけて開けるのだが、その人は「お母さんから連絡を受けた」と言った。
そう、宗教会員だったのだ。

にこやかに、いかにも良い人そうな雰囲気で「学校慣れた?」と話しかけられたら、親の知り合いならば、蔑ろにできない。
この人は善意で来ているのだ。知っている。

今までみんな、善意で話しかけてきたのだ。この感覚、知ってるよ。

話したくもないのに学校の話をして、集まりに来れるかといくつもの日程候補を出される。
家だもん。スケジュール帳がないなんて言えないし、これだけたくさん日にちがあるのに全部埋まってるなんて嘘がつけるような器用な人間じゃない。

嫌なのに、行きたくないのに、行ける日を教えると「迎えに行くね」と良い人オーラ全開で言われる。



18歳。たしかにまだ未成年だし、親のお金で生きている。
でも勝手に人の住所を教えるなんて、プライバシーも何もない。

親からしたら一人暮らしの娘の周りに信用できる人間がいるというだけで安心らしい。
まあその人が親にも連絡するわけだしね。

とは言っても、帰ろうと思えば1時間圏内で帰れるくらいの距離なのに。過干渉だよ。

これから4年間、このアパートに住むのに、この良い人たちは突然やってくるのだと思うと息苦しかった。悲しかった。


家には小さな仏壇を置かれた。
親がこれで安心するならいいし、拒否するのはさすがにバチ当たりすぎる気がして、雑多な部屋に異質なような、意外と馴染んでいるような雰囲気でちょこんとしていた。

大学時代は、会員さんたちが来たときは居留守したりしなかったり、話したり愛想笑いしたり。
彼氏が来ているときは居留守した。大笑いしていた時も「どうせ宗教だから」と急に目を細めて彼に言うと、彼は黙って抱きしめてくれた。


とはいえ親とは離れていたからバトルすることはさしてなく、私は卒業と同時に実家に戻った。




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