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『新編・日本幻想文学集成 1』に夢中

例の短編集の感想文を書き終えるまでは『新編・日本幻想文学集成 1』には手をださない、なんて言いながらゴールデンウィークに入ったことを良いことに手をだしたことを打ち明けます。

小説を読んで久しぶりに鳥肌が立ったので、構成とか引用とか小賢しいことを考えず、この感動を素直に書き残しておきたい。

厚みが4cmほどあるこの本では、以下の作品を楽しむことができる。

・安部公房  9作
・倉橋由美子 10作
・中井英夫 14作
・日影又吉 15作

短編が全48作!
順番に読むのではなく、そのときどきで気になるものから読むという贅沢な楽しみ方をしている。現時点で安部公房を2作、中井英夫を3作読んだ。


まずは安部公房の『デンドロカカリヤ』から読んだ。久々の安部公房節にときめく。「眼にはみえないラッパのような管が眼からスルスルと伸びて」とか「眼を閉じたら太陽はちょうど指の数になる」とか、冒頭からかなりとばしてくる。(ほめてる)

物語の内容については今回はあえて詳しく書かないが、哲学の香りが充満していてたまらなかった。

一瞬、ドゥルーズの『アンチ・オイディプス』の冒頭のパクリ、オマージュかしら?と思う箇所もあったり。(まったく詳しくはないけど)レヴィナスの「顔」の理論を感じたり。
原存在とか時間の繊維の結び目とか、難解そうなエッセンスが軽妙な語り口と溶けあって心地よい。

『デンドロカカリヤ』は実は学生の頃、冒頭をちらっと見て「私にはよく分からないだろう」と決めつけて読むのを避けてしまった作品だった。

こんな形で読む機会を得ることになるとは思わなかったが、学生の頃よりもいろんなことに触れた今、読めてよかった。
安部公房が描き続けた(と私は感じている)「変貌」や「存在の不安」がここでもテーマに据えられていたように思う。


次に安部公房の『詩人の生涯』を読んだ。
これは読み終えて、なんだか哀しくなってしまった。

老婆が機織り機に吸い込まれて一着のジャケットに変貌するところから物語は加速する。そして変貌、(外形・性質・状態の完全な変化という意味で「メタモルフォーゼ」のほうがよりしっくりくる)の連鎖が起こっていく。

〇から△へ、というメタモルフォーゼする物質の単語の字面だけを追えば「いやいや、そうはならんやろ」と無粋なツッコミをしたくなるが、妙に説得力のある詩的な描写が余計な思考を遮断してくれる。
ただ美しく、ものがなしいメタモルフォーゼに集中することができた。


ここで私は満を持して中井英夫を読むぞ!とページを繰った。

いやー……中井英夫、良すぎる。

「久々に鳥肌が立った」のは中井英夫の作品を読んだからなのであった。

言いたいことはたくさんあるけど何から書きましょうか。

まず、こんなに自分好みな作家を知らずに生きていたなんてもったいないことをしたな、と思った。

そして私の好きなアーティストのひとりである宝野アリカさん(ALI PROJECTのボーカル。通称アリカさま)は絶対、中井英夫が好きななず!と確信した。
アリカさまの書く歌詞は不思議な魅力を持つ。
そしてよく「薔薇」を歌詞に使うが、この分厚い短編集から推察するに中井英夫も薔薇をこよなく愛しているように見受けられる。

目次を眺めるだけで「薔薇」を思わせるタイトルが3つもある。
(常にではないが)「ばら」ではなく、「そうび」と読ませるのがもう絶対影響受けてるよね!とひとりで興奮して、アリカさまのWikipediaをのぞいたら「中井英夫などの幻想文学・頽廃文学に傾倒している」という表記を発見。ほらね!と夜中にひとりで満足した次第。
(在宅業務中の夫は「何の影響も受けずにあんな歌詞書けんやろ。まあ楽しそうで良かったね」となんともクールな反応。いいよ、楽しいから。笑)

好きなアーティストなら影響を受けている作家ぐらい、もっとはやくに知っていて当然だった気もするけど。自分の「好き」がつながった気がして嬉しかったからいいや。


そしてはじめての中井英夫。タイトルは『火星植物園』。

正直一読しただけでは「ん?」と思う部分もあったので読み直したいが、結末で鳥肌が立った。「そうきたか……!」と思わず声がでた。
警戒していれば気づきそうなことも、どことなく艶っぽく不思議な物語の展開に引き込まれて「それで?それで?」と読み進めるうちに見落としてしまう。

風変りな精神病患者を集めたい、というなんとも悪趣味な院長。
薔薇の根に性的な興奮を覚える男性。
流麗な緑色のペン字でびっしりと埋められたノート。わくわくがとまらなかった。


次に読んだのが『影の舞踏会』。
これまた読み終えて「ほう……」と鳥肌が立った。
どこまでも静かな雰囲気のなか、ほんのりとした可笑しみと哀しみが漂う。そして強烈な妖しさが濃い影のように強調されるこの描写はなんだ?と夢中になった。なにが真実なのか分からなくなることうけあい。
真実が何であれ、主人公の女性のことを思うと切なくはなる。


そして『幻戯』。
これも読み終えたあと放心して、読後感を思い出すだけで鳥肌が立ってしまうほど。「パブロフの犬」よろしく中井英夫を読むと鳥肌が立つ身体になったのか?

奇術師Qの亡き妻を思う述懐は哀切きわまりない。それなのにどこかしらユーモアを感じるのが不思議。妻の面影を探し求め、死者との交信を試みる。肉体の衰えから自身の死期が近いことを悟り、ようやく妻とあの世で再会できる!と喜んだQを待ち受けていた結末はまさに(Qいわく)神の「トリック」。
しかしそのトリックを生み出した中井英夫の手腕こそが私の目には奇術に思えた。


読んだことのない倉橋由美子と日影又吉にも期待したい。

(参考)
『新編・日本幻想文学集成 1』(2016年初版),国書刊行会.

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