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【長編小説】異精神の治し方「合法処刑」.1

【処刑人】
・十九歳を超えて異精神が完治しなかった者を処刑する。その他に、危険性のある異精神者の処刑も行う。

 明日の時間割を眺める。体育がある日だ。というより体育しかない。沼田記念学校は異精神の完治が最優先だから、授業は午前中しかない。
「ニーコさん、準備よろしくね」
 と私を呼ぶのはルルさんで、委員会のリーダーである。
 リコが私に施した境界治療の後、目が覚めた時に対応をしてくれたのが彼女だ。あの時にいた背の高い男も委員会の人間なのだが、あれ以来会っていない。
 リコともあまり会えなくなっていた。リコの境界治療から二週間が経つが、話が出来たのは一度だけだった。理由は簡単だ。お互いに忙しくなった。
 リコはセラピストとしての仕事が増えていた。今は同じ壁を持つ患者は居ないから直接治療することはないらしいが、他のセラピストの教育を行っていて、それが大変みたいだ。
 私は私で、クラスゼロという状態になっていて、異精神が発症していなかったことになっている。
 現状危険性はないのだが、完治したわけでもなく、セラピストには成れない。かといってここから出て行くことは基本的に出来ないので、委員会に身を置いている。主に雑用ばかりだが、結構忙しい。
 今日もこれから明日のプール開きの準備をしなくてはならない。

 プールには腐臭が満ちていた。一年間使われない間に溜まったヘドロの匂い。そこに様々な昆虫が新しい生態系を築こうとしている。
「全部流して行きますよ」
 ルルさんはそういった。
 プールの掃除は参加自由だ。だが好んで参加する人はかなり少ないらしい。
 今年は、私たち以外にはたった三人だ。
 一人は私とより少し高い背丈だ。一六五センチくらいか。綺麗な顔立ちをしている。見た目では性別が判断できなかった。なにより、こんなに暑いのに頭にはパーカーのフードを被っているのが不思議だ。それもキュッと締めて、顔だけを丸く出している。
 あとは仲の良さそうな男二人組だ。二人ともまあまあ背が高い。
 一人は金髪でアシンメトリーの長髪ツーブロック。目は大きく口は控えめな感じだ。剃り込みが入っている。制服を着てはいるが、シャツは深い紫で着崩したりと、ホストを想像させた。
 もう一人はこっちも長髪。染めてはいなかった。全体的に無造作な感じがした。もう一人がホストなら、こっちはバンドマン。目は鋭いが、口が大きめで、優しい様な雰囲気を醸し出している。
 ルルさんがみんなを呼んだ。
「じゃあ、始めるから、一旦説明しますよ」
 私たちはルルさんと向かい合う形で横一列に並んだ。あまりに濃い影が並んでいる。
 説明が一通り終わる。
「では皆さん、こちらを装着してください」
 そしてルルさんから渡されたのはゴーグルだ。目にヘドロが入るのを防ぐ為だ。
 そしてモップやタワシも渡され、大掃除か始まった。
 なお、ルルさんは別件ですぐに姿を消した。

 この作業、私は向いてないかも。そう思ったのは始まってすぐだった。
 ヘドロは我慢できるが、虫が多すぎる。
 なので、ホースで水をかけながらゆっくりと掃除をしていた。
 二人組はわちゃわちゃと虫をとって、遊びながらも着実に掃除をこなしている。
 私はぼっーとして、水を流し続けた。
 途中、物置の屋根に登ってみた。近くには沼田記念学校本館があり、遠くに別館が見える。
 あそこには、蛹化したカオルがいる。
 別館は閉鎖されていた。蛹化はとても危険な状態で、羽化すれば広範囲にわたる物質化が起こると言われている。
 今までも蛹化した例は存在するが、例外なく合法処刑を施されことなきを経ている。図書館にある異精神に関する本にはそう記録してあった。
 私は、カオルともう一度話がしたい。けど、方法が全く分からない。
 泣くに泣けないのは、異精神者ではなくなったからなのだろうか。
 気持ちを切り替えて、掃除を始める。

 開始から二時間ほど経ち、最初の元気さはなくなった。皆、黙々と掃除を続けている。
 三分のニは掃除が終わっただろうか。最初は離れた場所で皆んな掃除していたのが段々と近づいてくる。
 魔が差したのだろう。あのバンドマンみたいな男が近づいてきた。
「こんにちは。ほれ!」
 非常に子供っぽい表情をしながら、私に虫を投げてきた。
「きゃあ」
 叫び声を上げながら無意識にホースを振り回してしまう。
 気がつくと、全員頭から水を被っていた。
 ホストみたいな男が私に謝る。
「すみません、ほら、お前も謝るんだよ」
 私が本当に怒っているのが分かっているらしい。
 バンドマンの方は、ホスト男の様子を見てやっと自分の過ちに気がついたみたいだった。
「ごめんなさい。その、ほんの冗談で……」
 さっきまでの様子とは一転して泣きそうな表情になる。
「まあ、次からやめてくださいね。そういうのは」
 渋々、二人を許した。
 奥では、パーカーがびしょ濡れになった彼? がフードを脱いだ。
 髪の色を見て驚く。真っ白だ。柔らかそうで、軽くウェーブかかったショートヘアー。
 見惚れていると、仲良し二人組もその姿を見たようだ。
 二人の反応は全く別だった。
 ホストの男は汚いものを見るように目を細め、バンドマンの方は目を爛々と見開いていた。
 ホストの男がバンドマンの手を引いた。
「すみません、急用があるのを思い出しました。行こう。ソラ」
「え、うん。じゃあ、またね。二人とも」
 そう言ってあっという間に居なくなってしまった。明らかの彼を避けるように。
 てか、結構掃除残ってんのに。
 髪の白い彼がこちらにやってくる。
「そのやご、頂戴」
 落ち着いた声だ。しかし性別が判断しきれない。声変わりしなかった少年のようだし、ハスキーな女性のような感じもする。
「やご? なにそれ」
「その虫の名前。トンボの幼虫だよ」
「トンボか」
 遠目にやごを見てみる。これがトンボになるのは考えづらい。
「私触れないし、勝手に持っていってよ。あ、私に投げないでね」
 忠告を聞いたのかよく分からないが、彼はやごの方に向かう。
 ゆっくりと近づき、獲物を狩る様に急激に速度をあげ、手にやごを掴んでいた。
 そして、迷う間もなく指で押し潰した。
「え、なにしてるの?」
 彼は無表情だ。
「救済」
 なんの疑いもなくそう言った。
 私はしたことないのに、やごを潰した時の感覚が指に合った。気持ちが悪い。
 彼は潰したやごを捨てると、黙々と掃除を始めた。
 とても、プールの掃除の残りが憂鬱だ。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。