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【裏レポート】理想の組織探訪記~但陽信用金庫編

今やっている仕事で、サイトで地方の面白い企業を紹介する特集を行うことになり、今回は兵庫県加古川市にある但陽信用金庫という信金の取材に行ってきた。

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ここは「よろず相談室」といって、金融のことに限らず、職員が町の様々な困りごとに対応している信金として有名で、坂本光司氏の「日本でいちばん大切にしたい会社6」に掲載されている会社だった。
外に出れない高齢者を病院に運ぶ移送サービスは毎日職員が交代で行っており、ボランティアといっても業務時間でやっているのでもはや社会活動が仕事になっている。
それでいてバブル崩壊後40%が合併した信金で、どことも合併せずに経営し、30年で預金量は5.8倍という成長を遂げている。
どうしてそんなことができるのだろうか。

取材をさせてもらったのは2日間。坂本氏の本に、「温かみのある信金」という表記があったが、その言葉が一番しっくりくる。取材に行っただけなのだが、人間の善意に包まれたような感覚を味わった。

商人(あきんど)の理事長

信金の理事ということで、穏やかで無色透明のような人をイメージしていたが、現れた桑原理事長は、全く違っていた。
「関西の商人」を絵に描いたような人だ。
ノンストップで3時間半語ってくれたが、その話は、毒舌も際どい話もたっぷり。この希少な組織が、清廉な聖人のような人に導かれてできたのではなく、70歳にして休日は大型バイクを乗り回すという、エネルギッシュで小粋なオヤジのリーダーシップで築かれてきたことがよくわかった。
「一生懸命、生きる」が座右の銘とのことだが、まさにそれを体現していて、仕事も遊びも全力で楽しんでやってきた。その人間味の中に優しさがあり、それが組織に投影されているのだと思った。
雰囲気だけでなく、なぜ商人だと感じたかというと、「行動の早さ」と「意味のあること」しかやらない点が、話の節々で見て取れたからだ。
金融機関とは思えない軽装だったが、それも「金融機関は夏でもスーツにネクタイである」という慣習よりも、お客さんさえよければ実をとるというスタンスに現れていた。

長谷部みたいな社員

理事長秘書は、毎年新入社員の男性社員から選ばれ、1年間運転手も彼がやる。30年間ずっとこのスタイルだそうだ。
昨年度秘書をやっていた社員と一昨年やっていた社員に会わせてもらったが、日本サッカーの長谷部みたいな雰囲気。
真っ当な意見を、表裏なく話す。ともすれば斜に構えたり、正論過ぎて「これは建前ですけど」と前置きをおかなければ話せないような話を、臆せずに語れる人たちだった。

経営者が言っている理念と、実際に働いている社員が感じていることのギャップの大きさはよく見てきた。
だからちょっと穿った見方をしていたかもしれないし、意地悪な質問をしたのかもしれないが、彼らは本当に地元に感謝して貢献したいと思っていて、お客さんに全力で尽くしていることがよくわかった。
自己認知はあるようで、インタビューした女性社員は、自分たちのことを「古風な人」と表現した。
その言葉には、地元を大事にする価値観や、素直で実直な性格のことを含まれている。
真顔で正しいことを言う、ともすれば暑苦しいと感じるかもしれない、でも困ったときに助けてくれる人。友達に1人はいてほしいような人たちが700人集まってできている組織だ。
周りが善意に溢れる人ばっかりだったら、息苦しくならないか?とちょっと疑問がもたげたが、そういう息苦しさはなかった。
社長への手紙や上司評価が根付く、なんでも言いあえる文化があるからかもしれない。

非効率的で有効的な組織

ボランティア活動は、毎日の移送サービスから地域の祭り参加まで、仕事の一環で行われている。
それでいて社員の残業はほとんどない。再雇用も再々雇用も実践している。自主的な子供手当から、亡くなった社員の遺族にまで多額の手当を払っている。
当然同規模の信金より100人ほど社員は多く、恐ろしいほど人件費はかさんでいるはずだ。
それでも業績はピカイチ。いったいどうしてなんだろう?
社員の金融マンとしての能力が高いのかと思ったのだが、事業に関しては特別なことはやっていないということで、直接的な理由はつかめなかった。
でも、話の節々から、一見遠回りのように見えて、実は意味があることしかやっていないということに気付く。
例えば、ATMの多さや、修学旅行貯金を無料で引き受けるなどの行為は、多大なコストも負う一方で、子供の頃から確実に顧客を集めることにつながっている。顧客一人ひとりに徹底的に向き合った結果、個人に顧客がつき、絶対に他にうつらないので、自然とメインバンクにする人が増える。
社員教育は、ボランティアに代表されるように「感謝すること」を伝えるだけ。元から「育ててくれた地元に貢献したい」という若者を集め、他者に関わることを好む人が集まっている上に、人に貢献することを徹底的に身に着けさせる。そういう社員が700人集まって日々行動し、何年も蓄積すると、大きな利益になるのは当然だ。
6~7回も面談をして、極めて同質性の高い社員が入ることで、組織的な不和を生まない。
感謝できる素地をもった社員が感謝を生み出す人間として磨かれ、顧客に感謝され、結果として利益が集まるという好循環が奇跡のように成り立っている。ボランティアも、そういう人間づくりに極めて有効に働いている。
これ、東京で近年会社員が休日などにNPOの活動に関わる「パラレルキャリア」が注目されるようになったが、この会社は社内でそれを実現していたのだ。20年以上前から。
こうやって見ると、非効率に見える行動が、ドラッカーの言う「有効性」の蓄積となり、極めて強靭な組織を作り出していることがわかる。
バブル時代にはもちろんこの地域にも土地バブルが訪れたが、その時も通常通りの営業を続けたらしい。
無駄なことをやらずに、有効的なことをやり続けたら、コストをたくさん払っても高収益で十分経営が成り立つのだと思った。

孤独の追放―家族としての会社

全くもってよくできた組織だ。
この会社の男性社員は、2018年の今でも、全員独身の間は寮に住む。
寮の話を聞いたが、40年前の学生寮みたいな雰囲気だ。
でも、この寮の何気ないふれあいの中で、先輩から仕事を教わり、信頼が構築される。
テレビは個人の部屋になく、全員で9時から共同スペースでニュースを見るルールがあり、終わった後自然と語り合うらしい。これが自分で考える力を養う練習になっている。
自分だったらどうだろうか。社会人にまでなって寮なんて・・。当然思うと思う。自分が以前いた会社も、昔は寮があって、そこで仕事を教わっていたらしいが、今はない。
社員寮に象徴されるように、昔は多くの日本企業が少なからずもっていた家族的な文化や習慣。わずらわしくて、捨て去ったもの。
この会社はそれを捨てなかった。一見時代に合わないと思っても、有効だったからだ。
捨てないまま残したものが、一見古そうでいて、一周回って誰も追いつけない、きわめて秀逸な組織を作り出した。

「孤独になることはないんですか?」と社員に聞くと、一瞬考えて「ないですね。」と答えた。
孤独になる前に、先輩やら理事長やら、介入してくる人がいっぱいいるからと。
鬱も休職も極めて少ない。そういうコストは極めて少なくてすむのだろう。社員に対しても、顧客に対しても「戦略的おせっかい」が徹底されているのだ。

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この会社の経営理念は、「正義・革新・人間愛」だ。
それは理念であって、強制できるものではないし、人間を変えることはできない。理念はいつまでたっても題目に過ぎない。
そう思っていたけれど、この会社を訪れてそんなことはないのかもしれないと思った。

思いやりは磨くことができる。優しさは鍛えることができる。そういう人間の組織をつくることはできる。

この会社から、そんなことを教えられた。


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