285回 Under Pressure


年度末になるので早くストレスチェックを受けろと言われて、お馴染みの質問にPCで答えてきた。毎年やらされているので慣れたものだ。サクサクとチェックを入れて、ものの5分程で終了。
非常に沢山の仕事をしなければならないとか、注意を必要とする仕事だとか、頭痛や腰痛があるとかの質問に、うむうむと頷きながら「常にそうである」に沢山チェックを入れているにも関わらず、忘れた頃にやってくる結果には「大したことないですね(意訳)」と書かれているのはどうしたわけか。

このストレスチェック、2014年に改正された労働安全衛生法により、2015年12月から従業員が常時50人以上の事業場(法人・個人を問わず)全てに義務化されている。因みに50人未満の場合は努力義務だそうだ。
事業者は、年に1回以上労働者に自分で記入する方式の調査票を配布して、労働者のストレスチェックを行い、労基署へ報告しなければならない。この目的は、高ストレス者を発見してメンタルヘルス不調を未然に防止する(一次予防)ことと、職場環境を健康的なものに改善することである。ストレスチェックの結果を通知された労働者が希望する場合は、医師による面接指導を実施する必要がある。そして医師の意見を聞いた上で、必要とあらば適切な就業上の措置を講じなければならないとされている。
ここで大事なのは、ストレスチェックの実施者には人事権のある人はなれないということだ。非常に個人的な情報を扱うわけだから当然である。なので実施者になれるのは、法令で定められた医師(産業医)、保健師、精神保健福祉士などに限定される。実際には実施者の補助を行うことができる実施事務従事者を事業者が指名して行われるのだが、もちろんこちらも人事に関わらない衛生管理者やシステム部門の事務職員などが選ばれる。
ただ現実的には事業者内で全て行うのは大変なので、外部の業者に委託される場合が多い。

ストレスチェックの項目には必ず、①仕事のストレス要因、②心身のストレス反応、③周囲のサポートの3領域が設問項目に含まれていなければならない。調査票には、国から推奨されている57項目の「職業性ストレス簡易調査票」と23項目の簡略版に加えて、最近はハラスメントや働きがいに関する項目などが含まれた80項目の「新職業性ストレス簡易調査票」が使われている。
「仕事のストレス要因」には、職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目が含まれる。「勤務時間中はいつも仕事のことを考えていなければならない」「からだを大変よく使う仕事だ」「私の部署と他の部署とはうまが含わない」といった17項目だ。「心身のストレス反応」は、心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目で、「元気がいっぱいだ」「イライラしている」「よく眠れない」など29項目。「周囲のサポート」は、職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目で、「あなたが困った時、上司/職場の同僚/配偶者・家族・友人等はどのくらい頼りになりますか?」といった内容の11項目である。これに、働いている職場や会社や組織、それにセクハラ・パワハラなどの状況に関する23項目を加えた80項目版が使われることが多い。

さてここであらためて、ストレスとはなにかを考えてみよう。
元々「ストレス」という言葉は、「外からかかる力による物質の歪み(応力)」という意味の物理学用語であった。それをアメリカの生物学者ウォルター・B・キャノンが生理学に応用し、カナダの医学者のハンス・セリエがさらに研究を進め1936年に「ストレス学説」を唱えたのが、今の「ストレス」の始まりと言われている。心や身体にかかる外部からの刺激をストレッサーと言い、ストレッサーに適応しようとして、心や身体に生じたさまざまな反応をストレス反応と言うが、一般的にはこの両者をまとめて「ストレス」と呼ぶことが多い。
ストレッサーには、暑さ寒さや騒音などの「物理的ストレッサー」や、酸欠や薬物などの「化学的ストレッサー」に加え、人間関係や仕事上の問題などの「心理・社会的ストレッサー」が存在する。そしてこの「心理・社会的ストレッサー」こそが、我々人間のストレスの主たるものだ。
人間が、何万年も前から人間関係(当時はまだ原人だったかもしれないが)に対応するためにこそ、大脳をこれほど発達させてきたように、人間関係は良い意味でも悪い意味でもストレスになる。ストレスについての統計でもダントツで1位となるのがこの人間関係なのは、人間の人間たる所以かもしれない。

ストレッサーによって引き起こされる反応をストレス反応と言い、心理面・身体面・行動面の3つに分けられる。
心理面でのストレス反応には、気分の落ち込みやイライラ、興味・関心や活気の低下などがある。身体面では、頭痛・肩こり、動悸や息切れ、腰痛に眼精疲労、食欲低下に便秘・下痢、それに不眠といったものがある。また行動面でのストレス反応には、飲酒量や喫煙量の増加、仕事でのヒヤリハットの増加にミスや事故が挙げられる。
いずれも長く続くということは常に過剰なストレスがかかっている状態ということになり、何らかの対策を講じなければ、心身症やうつ病といったメンタルヘルスの不調につながってしまう。
これらのストレス反応に気づいたら早目にストレスと上手に付き合う方法を考えた方が良い。それが近頃流行りの「コーピング coping」である。コーピングとはそのものズバリ、ストレスに対処するための行動のことである。「cope」というのは英語で「対処する・対応する」という意味であり、コーピング自体はアメリカの心理学者リチャード・ラザルスによって提唱された。
コーピングの目的は、「ストレス要因の解決」および「負担の軽減」である。方法としては、「問題焦点型」「情動焦点型」「ストレス解消型」の3つに分類される(なんだかみんな3つだな)。「問題焦点型」は問題そのものに働きかけて解決するやり方、「情動焦点型」は自分の感情に働きかけて感じ方を変えていくやり方、そして「ストレス解消型」は気晴らしやリラクゼーションで問題から離れたり発散したりするやり方である。

もうひとつ最近注目されているのが、「マインドフルネス mindfulness」である。
これは「過去や未来ではなく今ここに心を向け、目の前のことに集中してあるがままを受け入れる」ことを意味する。これは仏教用語の「サンマ・サティ=正念」のことであり、涅槃に至るための修行内容である八正道の中に含まれる概念である。1960年代にアメリカで教えを説いたスリランカ人のニャナポニカ・テラやベトナム人のティク・ナット・ハンといった仏教僧たちは、この思想を元にマインドフルネス瞑想を普及させた。
1979年にジョン・カバット・ジンが禅の思想をヒントに、マサチューセッツ大学に「マインドフルネスストレス軽減法(MBSR)」のセンターを開設した。これは認知療法と瞑想を組み合わせたものであったが、当時はあまり話題にならなかったそうだ。
2000年代になってから、アメリカで東洋思想の実践に注目が集まり、マインドフルネス瞑想の人気が高まってきた。日本でもマスコミやメディアが取り上げるようになって、近年企業などでも採用するところが出ているが、同時に怪しげなビジネスにも利用されているため注意が必要である。
2千5百年前に生きたゴータマ・シッダールタが、「四苦八苦」という人生のストレスに対処するために考えた「八正道」という教えの中のひとつが、現代に生きる我々にも普遍的に役立つのが感慨深い。

人の一生では、ライフスタイルの変化に伴いさまざまなストレスが襲いかかってくる。
「厄年」というのが設定されているのは、人生の節目でかかる大きなストレスによく対応しろよという知恵なんだろう。
その厄年だが、最後の本厄は数え年で61歳である。後厄でも62歳。もう私は過ぎたのでラッキー!とか言っていたら、それはもうあとは死ぬだけということなのではとクギを刺された。
いやそんなことはないぞ、この歳になればストレスから逃れて気楽に過ごせということだと思いたい。
ストレスチェックに引っかからないのはきっと、こういう楽観的な性格だからなのだろう。


登場した人物:ハンス・セリエ
→ある時セリエ博士に「ストレスがない人はいますか?」と尋ねた人がいるという。「いますよ」と答えた博士は、その人を墓場に案内したとのこと。生きてる限りストレスはあるということだ。
今回のBGM:「Under Pressure」by Queen & David Bowie
→言わずと知れた奇跡のコラボ。ストレスに負けずに生きていきましょう。


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