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タイムマシーンがあれば

わたしにとっての伊良部島の入り口はいつも橋の先の丁字路で、
橋の終点から左の伊良部集落へ向かうか、
右の佐良浜集落へ向かうかを選択するところから始まる。

ところで伊良部島には、島の周囲を囲む通称「一周道路」の他に、三本の大きい道路が島を横切っている。
伊良部線、国仲線、佐和田線。
移住したての頃にはこの道路がどこをつなぐのか分からず、若干混乱したのだけれど、分かると何の事は無い。この道路は佐良浜港が起点となって、他の集落へと伸びているのだった。

わたしは橋ができる前の伊良部島を知らない。
だから、わたしにとっての島の入り口は、左に曲がるか、右へ曲がるかのどちらかを選ぶところから始まる。
けれども橋のできる以前、島の入り口は船の発着口となる佐良浜港だった。だから主要道路は、全て佐良浜地区から他の集落へと伸びる。
きっと島の人たちにとっては当たり前であろう事にようやく思い至った時、わたしは本当にこの島のかつての姿を知らないのだなあと、何だか気後れする思いがしたのを覚えている。

かつての伊良部島と宮古島を結ぶのは船だった。
伊良部大橋を車で走りながら、義母が思い出話をしてくれたことがある。
船を一本逃すと次がなかなか来ないので、出港時間に合わせて慌てて走ったこと。
間に合わなくても、周囲の島の人たちとワイワイ喋りながら次の船を待っていたから、寂しくなかったこと。
頻繁に来れないからと、宮古島へ行く度にまとめ買いをした癖が未だに抜けず、車で簡単に行ける今でもついつい買い込んでしまうのだと、笑って話してくれた。
あなたも橋がなかった時に来れば、きっと島の友達が増えたはずだよと義母は言う。
それもそうだなあと頷く。今は車で全部済んでしまうから、なかなか島の人たちと話す機会を持ちづらいのだ。

とはいえ、橋が今も架かっていなかったとしたら、果たして伊良部島へ移住する選択はできていただろうか。それはそれで自信がない。
宮古島は都会だ。初めて訪れた時に、離島という牧歌的なイメージを良くも悪くもひっくり返してくれた程度には都会だ。二十四時間営業のスーパーも、そこそこの本屋も、マックもケンタッキーもモスバーガーも、深夜営業のドラッグストアも、ドンキホーテまで揃っている。
生活必需品や最低限の娯楽が手に入りやすい環境は、わたしの移住へのハードルをだいぶ下げてくれた。

それでも、橋がかかる前の伊良部島の姿を知らないというのは、便利なところだけを都合よく享受しているような気もするし、知らないことへの寂しさもある。
未開発の頃ののんびりした島の様子を見てみたかったし、船にも一度乗ってみたかった。
夫は高校生の頃に、高速船でアルバイトをしていたらしい。そのころの楽しそうな話を沢山聞かされた。
その話を、船内を案内してもらいながら改めて聞いてみたかったなあと、今は使われていない佐良浜港の桟橋を眺める度、少し残念に思うのだ。

※桟橋の写真を探したけど撮ってなかったので、代わりに宮古島からの伊良部大橋

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