見出し画像

カレー(シロクマ文芸部)

花吹雪が舞う。

アパートの窓辺を眺めながら君が言う。

「春ってあんまりカレー食べたくならないよね」


僕は思った。

全然そんなことない。

僕が一瞬下げた眉毛に気づかずに、君は続けて説明した。

「夏はスタミナつけたいからカレー食べたくなるでしょ。秋も食欲の秋だし。冬も寒いからカレー食べたくなる」

君は無茶苦茶なことを、もっともらしく言う。

僕は君のことが好きだと思っていた。

君とこのまま家族になりたいと思っていた。

でもそれは間違いだったみたいだ。


僕は春もカレーを食べたい。

むしろ365日食べたい。

365日の中に悪戯で1日だけハヤシライスが出てきたら、僕はどうにかなってしまうだろう。

君はそんな悪戯をしかけてくる危うさがある。

僕は君が嫌いなのかもしれない。

でも、君に“カレーが食べたい”と伝えられない自分はもっと嫌いだ。

カレーが好きなことを伝えたら、薄い人間だと思わそうだ。

ミステリアスな空気を纏うようにしてきた人生に反する。

僕はキレンジャーにならないように生きてきた。

肩まで伸ばした僕の髪は、バンドを組んでいるかカレーを食べないことで成立する。

僕はどちらにも当てはまらない。

見栄っ張りミステリアス。見栄っ張りロン毛。

何者でもない僕のロン毛が風で揺れる。


「何か言いたいことあるなら言ってよ」

君が強い口調で言った。

流石に僕の眉毛が下がっていたことに気がついたのであろう。

それでも僕は何も言えなかった。

君はアパートを出て行った。

静かな部屋で、僕のロン毛だけがまだ揺れていた。


狭いアパートで一人。

君がいないことをいいことに、コンビニでカレーを買った。

お湯で温めるだけなのにまあまあ高い。

ごはんの上にカレーを乗せた。

湯気とともに広がるスパイスの香り。

具材を照らす油の光沢。

でも、確かに今はそんなに食べたくなかった。

(743文字)

以下、企画に参加させていただきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?