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白球とテレキャスター(シロクマ文芸部)

桜色の景色は遠くへと消えた。

僕のスマホには“不合格”とだけ書かれた画面が表示された。

仮にスマホが通信制限されていたとしても難なく表示されそうなくらい淡白な情報量だ。

僕はこの一年、何をしていたのだろう。

受験を理由に、ずっと続けていた野球も最後の大会を前にして辞めた。

受験に専念できる環境だけ整え、何もしなかった。

言うまでもなく、野球から逃げたかっただけだ。

僕はレギュラーになれる見込がなかった。

そのくせ練習も嫌いだった。

試合に出れないのに、強制される坊主頭が割りに合わないと感じていた。

なにより同期や後輩が試合で躍動する姿を見たくなかった。

野球の技術は三流以下なのに、プライドだけは一流だった。



春。

桜の花びらが風に舞い、僕以外を祝った。

浪人生となった僕は、周りとの疎外感で埃まみれになっていくようだった。

高校時代に一緒に汗を流した仲間は、大学で髪を染めていた。

僕はただ伸びただけの坊主頭を掻きながら、青チャートと英単語ターゲットを眺めることしかできなかった。



夏。

自習室の空調が心地よく感じるようになった。

予備校の周りには楽器屋がたくさんある。

勉強の気晴らしになるかと思い店に入った。

僕は店の独特な空気に挙動不審になりながら、ただギターを遠目から眺めていた。

「お兄さん、何かギター弾いてみるかい」

年配の店員が話しかけてきた。

「え、あ、じゃあ、少しだけ」

小っ恥ずかしいのでためらったが、店員の親切心を無駄にしたくもなかった。

「どのギターにするかい」

「えーっと、じゃあ、あれで」

僕は適当に近くにあったギターを指差した。

「おぉ、お目が高いね」

すぐに社交辞令だとわかるセリフを言いながら店員はギターを僕に渡した。

結構重かった。

このギターはテレキャスターという形らしい。

店員に教わりながらGコードというのを鳴らした瞬間、衝動がおきた。

想像していたより優しい音が僕の全身を揺らした。

大袈裟かもしれないが、僕の人生の目標が生まれた瞬間に感じた。

もしかしたら浪人したのもギターに出会うための伏線だったのかもしれない。

人生の辻褄が合う感覚があった。

「すみません、僕、大学に合格して必ずこのギターを買います」

言った後に少し顔が赤くなった。

「じゃあ、他の人に買われないようにバックヤードに置いておくから。買うのは後でいいから、たまに店に弾きに来なよ」

店員さんは少しだけ笑っていたが、まっすぐ僕を見つめながら答えた。

僕は勉強の合間に楽器屋でテレキャスターを試奏させてもらうようになった。


秋。

すずしい風が、少しほつれたカーディガンを揺らす。

僕は連日の試奏のおかげでFコードの音が綺麗に出るようになった。

それと並行するように、Fの文字が並んでいた模試でも、志望校に初めてA判定が出た。

大学でテレキャスターを演奏する自分の姿が鮮明に浮かぶようになった。

家に帰り、なにか音楽番組がやっていないかと久々にテレビをつけた。

画面に明かりがつくと野球の特番がやっていた。

チャンネルを変えようとした瞬間、画面から僕の名前が呼ばれた。


僕はドラフトで指名された。


日ハムに入団することになった。


一流のプライドをかわれたらしい。


手が届きそうだった目標は、絶対に手が届かないはずの目標に潰された。


冬。

浮世絵でしか見たことのない雪景色が現実に広がる。

僕は大学を受けることなく北海道にいる。

Gコードを押さえるはずの指は、泥にまみれて白球をつかむ。

バックヤードのテレキャスターは、埃にまみれて僕を待ち続ける。


(1423文字)

以下、企画に参加させていただきました。

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