息がしやすい社会に
学校・会社・ご近所さん・バイト先
人間関係は様々な場所で発生する
学校には先生やリーダー気質のある学生
会社には社長や部長、お局、同僚、同期、後輩
ご近所さんにはママ友、隣の家同士
バイト先には店長、塾長、リーダー、社員、同僚
いろいろあるけど人間関係には「信頼」が必要だと思って生きてきた
だがしかし、信頼ってどうやって得るものなの?
例えば、授業中の学生が急にお腹が痛くなってトイレに行きたい状況になったとき
その学生が先生から信頼や信用されていなかったらたぶん
トイレに行かせてくれないかもしれない
またはその人には何の非もないのに、連帯責任と称して
隣の席のやつがズルしてトイレに行ったからお前もダメだよ、みたいなことが発生する(必ずしもそうではないかもしれないが)
私は学生時代、マジでお腹が弱くて、ピンチだったときもなるべくトイレに行かないようにしていた(今はだーいぶ丈夫になった)
だが正直、過敏性腸症候群の私にとってはきつかった
授業中でも先生に言わず、自由にトイレに行けたらよかったのになあと
社会やコミュニティももっと自由に制約をなるべくかけずに
のびのびと過ごせる空間が必要だなあと感じる
もう一つ、例えとして最近どっかの本で
「日本人は遅刻には厳しいのに、残業には甘い(つまり時間に厳しい人種なのに残業はなぜ許されるのよ?的な)」と書かれているのを見て
あ~そうよねぇ~と思ったと同時に
某掲示板の某ある人気者に対して書かれている内容を見つけて
簡単に要約すると、「接客業でお客様を待たしているのに遅刻すんじゃねえよ」とやんややんや書かれていたのである
え?残業にはあなたら甘甘なのに、遅刻で、しかもこの前台風接近だったからそのくらいのことでアンチコメントしてもしょーもないやろ?と思った
まあ確かにしょっちゅう遅刻するのはよくないけれど
つつけることを見つけたらすーーぐつついちゃうの
まじで心の余裕ないんだな、と同時に
この人たちも息がしにくい社会やコミュニティの中で生きているんだろうなと感じた
お客の方も、予約すっぽかしたり予約したこと自体忘れたりするのに
売る方のお店側だけが責められるのはちょっと違うのでは
お金が発生するから責めたい気持ちもわからないでもないが
お互い様ではなかろうか
社会を厳しくさせたのは、いったいどこのどいつなんでしょうね
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