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タクシードライバー

土曜日の朝、公休だったのだが出勤する。

先ごろ転倒してお顔に怪我をした人がいて、土曜日に病院受診するという指示だったからだ。また、100歳越えの方がいよいよ食べたり飲んだりできなくなって来ていて、その方に点滴の指示を貰えないか?と医師に懇願しようと思った。無理やり飲ませるのが可哀そうだったし誤嚥のリスクもあるからだ。

そんなあれこれを無事に終えて施設を出る頃、世間は36℃を超えていた。やばい。15時に荻窪に用事があったので、一番近い中野駅へのバスを待っていたのだが、あと10分は待たなければならなかった。いや、たったの10分だ。

が、暑くて暑くて平日の疲れも抜けず、思わず通りかかった空車のタクシーに手をあげてしまった。

そのタクシーに乗り込んで『中野駅まで大丈夫ですか?近くてすみません。』と言うと「はいよ!もちろん大丈夫だよ!」という返事。
しかし、その運転手さんが、どう見ても80歳は超えているように見えるので困惑。『いやあ、こう暑くちゃ、道に人が居ないね!』と陽気に喋り始め、中野までの短い間に、沢山のことを話してくれた。

『タクシーやって54年だよ。今何思ったのか分かるよ!爺さんだけど大丈夫かな?でしょ?』

・・・・・。そだね。施設で食事や排泄の介助をしている方々と容貌は同じだが、シャキシャキと喋り、巧みな運転さばき。道も良く知っていて「今日はこっち行くか。」と言っている。

色んなことを先読みするのだろう、私の答えを待たず『大丈夫、大丈夫!俺もあと一年で辞めるんだよ!辞めて田舎に帰るんだ。兄弟たちが『戻って来い!ってうるさいからさ!』と嬉しそうに話している。

故郷は青森とのこと。兄弟たちが待っているのか。それは幸せな話だなあと思った。

『でもね、今、彼女のことをどうしようか?と悩んでいるよ。』

か、彼女?と老人に尋ねる私。

『ああ、彼女。結婚はしてないんだけどね。若い頃からずっと面倒見て来たんだ。外国人なんだけどね。青森に連れて行きたいんだよね。どう思う?』

ど、どう思うって。(汗)

『日本も日本だけど、あちらに帰るともっと貧困だよ。観に行ったことがあるけれど暮らしぶりは酷かった。東京みたいに賑やかじゃないけどやっぱり青森に連れていくかねえ。はははー!』

短い間に色んな話をぶっ込まれて、しかし、よく笑い、降り際には『暑いから気を付けて!若くても死ぬよ!昨日は70人死んだってよ。家の中で扇風機かけてても死んだっていう人がいるんだから!水分摂りなよ!』と手をブンブン振ってくれる。まあ、とにかくかくしゃくとした運転だった。

50云年タクシー運転手をしてもうすぐ引退されるという怪物のような老紳士が元気に故郷に帰る日のために祈りたい。

幼い頃から仲が良い兄弟たちの元へ恋人を連れ立って。

引き続き素晴らしき人生でありますように。

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