川瀬氏の回想記

 ここ何年か百恵に関するあらゆる書物に出会ってきたが、楽曲に焦点を絞った書物に、百恵の制作ディレクター川瀬泰雄氏の著書がある。その名も『プレイバック 制作ディレクター回想記』(東京:学研、2011年) 。川瀬氏が「制作側から見た」百恵の楽曲という観点で解説が加えられ、非常に面白い。

 同じような題名で阿木さんの著書に『プレイバックPARTIII』(東京:集英社、1993年)なるものがある。こちらも『プレイバック』の文字が表紙で踊っている。阿木さんの『プレイバック』も楽曲をメインに取り上げた書物である。メインに取り上げたといっても、解説が収録されているわけではない。阿木氏のエッセイがいくつか収録されているほか、阿木氏が百恵に書いた楽曲の詩が載せられている。

 そういえば、CDの『ゴールデン☆ベスト』シリーズでも『コンプリート・シングルコレクション』の前身として『PLAYBACK MOMOE Part2』(2002年6月19日、ソニー)というものがあった 。百恵=プレイバックというイメージのまさに典型的パターン。百恵の楽曲ないしはその輝きを「プレイバック」という意味だろうが、百恵に「プレイバック」ならぬ「カムバック」してほしい、そんな気持ちさえ…。少々深読みしすぎだろうか?

 川瀬氏の著書の大きな特徴は、思うに「アルバム曲」の解説にとても力が入っているということにある。川瀬氏曰く「シングルやベスト・アルバムはCBS・ソニーの酒井政利プロデューサー、コンセプト・アルバムは川瀬ディレクター」という図式があったそうで、きっとその為だろう。後々、川瀬氏の言葉も借りながら、楽曲についてみていく。

 もう一つ、この本で特筆すべきことがある。それが、川瀬氏とアレンジャー・萩田光雄氏、元CBSソニーの金塚晴子さんの鼎談である。その企画の最初の頁には「♪横須賀ストーリー」から、生まれ変わった! とゴシック体の太字がしかも網掛けされて踊っている。世間が思っているようなことは、制作側も思っていることなのか、と思った瞬間であった。そこで「宇崎竜童のデモテープ」、「宇崎節」に圧倒されたと萩田氏は語っている。一発録りのデモテープ、しかも宇崎氏本人が弾き語りしたデモテープ。文面で追うだけでなく、聞いてみたい!とさえ思うのだが、今となってはなかなか叶わぬ夢。もし、まだソニーの倉庫にあるならぜひ聞かせてほしいものだ。

 3人の鼎談や川瀬氏の経験は文字を通して追ったとき、当時の制作現場の執念と情熱の高さをうかがい知る貴重なものである。イメージに合わないアレンジは何度も修正する、時として深夜から明け方に至るまで作曲家や作詞家を巻き込んでチームプレーで楽曲制作に取り組む。果たして今のアイドル・歌手たちの楽曲制作現場がここまで加熱したものになっているのだろうか。私は残念ながら現代の実態をうかがい知ることはできない。

 乃木坂46の楽曲はかなり熟考されているという話を聞く。彼女たちの音楽の質が高いのはその制作過程にあるのであろう。両者はともにソニー・レコード所属。偶然だろうか…?乃木坂46を例に挙げたが、もちろん他のアーティストも熟考されている様子が、SNS等から伝わる。世の中は便利になったとつくづく思う瞬間である。実際に現場にいずとも様子をうかがい知ることができるとは。

 文明の利器への称賛はさておき、楽曲についてである。現代でもこだわっている人はこだわっている。それは当然だ。しかし、楽曲の回転が速く、もはや使い捨てのように出ては消えていく曲はもちろん、そのような歌手もいるなか、制作側がどれだけ情熱を注げるだろうか。少なくとも予算は厳しくなっているはずである。この楽曲制作の予算に関して述べると長くなるのでここでは割愛。

 鼎談の最後に百恵の「気配」について語られている。金塚さん曰く「気配」とは「音色や姿やテクニックのまわりにただよっているもの……だからまねたり、つかんだりしにくい〝個性〟」とのこと。百恵が醸し出す不思議な「魅力」、それはその「気配」にあるのかもしれない。そして、その「気配」はまわりを巻き込み、濃密な作品群が生まれる原動力となったのかもしれない。そう考えると、やはり楽曲は百恵の魅力ないしは気配を読み解く上で重要に思う。

 この節の最後にひとつ。百恵のさよならコンサートの中のトークから少しだけ紹介する。《プレイバックPART1》の後のトークで百恵はこう言っていた。

「…もちろん、その歌の中に生きている女性はあたしではなかったと思います。でも、どこかかならず〝あたしに似ている〟そう思える共通点があったんです。だからきっと、歌えたんじゃないかなって気がします。…」

 さて、このあと楽曲をいくつか取り上げて私なりの解説なり、所感なりを述べる。百恵が「似ている」と感じた曲ではかもしれない。むしろそう感じた曲は挙がっていないかもしれない。しかし、百恵の「姿」や「気配」を読み解くヒントは以下に挙げた曲にあるように思う。川瀬氏の著書を参考にする部分ももちろんある。私が感じたことのある種の答えやヒントが隠されているからだ。百恵の「分身達」の単なる「解説」に留まらぬように細心の注意を払ったつもりだが…。百恵の多様な音楽性と7年半という短い活動期間の「分身達」とは思えないほどの濃いキャラクター達に圧倒されながら述べていこう。

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