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わたしの人生観 大きなソフトクリームをつくる

ひとりの人として心から実現したいと思えることを見つけ、形にし、それに満たされ、おじいさんやおばあさんになって人生が終わる時、「自分は本当に幸せだったなあ」と思える。

そういう人って、どれぐらいいるのだろうか?



心から実現したいと思えること———
30歳の時点で、私は、まだ見つかっていない。

いや、正確に言うと"最終地点"はおよそ決まっているし、方向性も見えているのだが、その形が決まっていない。


体力有り余る20代は本当に忙しなく過ぎていったので、その大きな宿題は結局手つかずのままだった。心の中にある"最終地点"に向かって進む為の自分自身の準備が全くできていなかったので、そこにメスを入れて言語化したり、真剣に進めることに向き合ったりは、してこなかったのだ。(大人としての基礎力を養える20代はそれに投資するで良いと思っていたし、一番大きな方向性だけは間違っていないと信じていたから。)


ところが、今年に入ってライフスタイルが一気に変容したのをきっかけに、誰に教わるでもない自分なりのやり方で、その宿題に私は着手し始めた。

毎日大量の情報が駆け巡り、ひらめきが星のようにあちこちでふっと湧いたり消えたりしている自分の頭の内側の世界に、どーんと大きな思考の砂山があったとする。大きな山と小さな山がいくつか連なってできている砂の山脈のような情景をイメージしてみて欲しい。私はどの砂山の中に見つけたいものがあるのかが分からなかったので、ここかな?ここかな?と、あちこちつついては感触を確かめながら、両手でほんの少しずつ砂をかき分けていくようにして、その中にある”探しもの”を見出そうとし続け、いつのまにかそれが習慣として定着していった。

10ヶ月が経った今、"最終地点"へと繋がる”探しもの”の輪郭が、少しだけ見えてきたような気がしている。まだおぼろげではありながらも。


この「砂をかき分ける」作業とは、とても複雑で時間と労力が必要であるが、"最終地点"に向かうベクトルを定め、プロセスを考えるための、とても重要な活動である。こういう話ができる友達は多くはないが、幸運にも私にはお互いの進捗を定期的に振り返りできる親友がいるので、前回からの数か月の間やってきた個人作業を棚卸ししながら、それらのうちのどれが"最終地点"へと繋がっているかを確認し、なんだかんだ一歩ずつ歩みを進めていることを実感することができている。そこで話した内容も書き留めていきたい。


***


私の"最終地点"は、小学校の時にほとんど決まっていた。4年生だったと思う。

今はなき"生活"の授業で、先生からこんな問いかけがあった。

牛乳瓶1本分の牛乳を流してしまったら、魚が住める水質まで水を薄めるのに、バスタブ何杯分のお水が必要でしょうか?


たった10年も生きていない小さな私は、頭の中で「ゴーン」という音が鳴ったかのように、大きな衝撃(爆撃)を受けた。

なぜなら、当時の私は大変食が細く、給食の牛乳を毎日毎日水場まで持っていって、「ごめんね、さよなら!」と流し捨てていたからだ。

私は、まだ10年も養われていない未熟な心で、痛いほどに、我を省みた。


"環境問題"という自分では到底抱えきれない地球レベルの大問題に直面した人生最初の日、「何十年後かの立派になった私は、この問題に向き合って、みんなと解決しようとしている」と、自分の直感がとても静かに自分に告げた。

あれは10歳なりの当事者意識であり、地球で生活している人間としての小さな責任感と使命感だったのだろう。無邪気に遊ぶ周りの友達がそんなことを考えていると思えなくて、「こんな風に思う自分って、ちょっとおかしいかもしれない」と、しばらく何年かは誰にも話さず胸にしまっていたと思う。

(あの頃の私は少しだけ精神的に敏感な時期にあり、極端に感受性が高く、何でもそのまま以上に受け取る、まじめで綺麗すぎる心を持っていた。だからかもしれない。)


***


80歳の私は、社会に大きく貢献して、問題解決している。「人生、全うできたね」と満ち足りていて、家族で幸せに暮らしている。

あの原体験の日から中学、高校、大学、そして社会へ出て、10歳だった私は30歳になった。最終地点は高校生ぐらいから変わらず、こうなっている。


「こうなっている」というのが自分の思想の独特さだと認識しているのだが、「こうしたいと思っている」よりは「こうすることになっている」の方がニュアンスが近い。多分、10歳の自分からのお告げと使命感がまだ生き続けているのだと思う。変わったのは、問題は地球環境だけではないということだ。やはり、今でも自分の人生の最終ゴールを方向付ける重要なルーツである。


年月が経ち、知識や経験が積み重なるほどにその実現性は高まり、人脈が広がって他人への影響力は増し、成し遂げられることのスケールもきっと大きいのだろう、と、大人について何も知らない高校生の私は妄想と感覚で思った。

だから、この気持ちは、急がず、焦らず、腐らせず、ライフステージで変わりゆく自分の中で時代を跨いでじっくりと育て、体現できるだけの自分の素養も磨いて、「あ、ここだ!」と思えた時にしっかり切り込んでいこうというのが、大方針になっている。

(社会問題には早くアクションをした方が良いのは間違いないのだが、自分のタイムラインも大事である。)

だから、基本的に私はいつも80年ぐらいの単位で自分の人生に関する様々な事象を考える頭になっている。だから、よく言えば中長期的な視点で物事を考えられるし、悪く言えば何かと多少マイペースなところがあるのかもしれない。


あの年からちょうど20年。バスタブの水が果たして何杯分必要だったのかを忘れてしまったことは、悔やまれる。


***


ふわふわした曲線でつくられた、まっしろの、大きなソフトクリームを心の中に思い浮かべてみる。

その大きさは、もしかしたら自分の背丈よりも大きいかもしれないし、ひょっとすると、家よりも大きいのかもしれない。

その曲線は、あっちに寄り道してみたり、今度はこっちに寄り道したりしながら、ふわりふわりと上に向かって、おいしいソフトクリームをゆるりとつくり上げている———


ほとんどの場合、そのソフトクリームはまだつくられている途中段階である。これは、完成図が読めてしまったり、すぐに完成してしまったりしたら、面白くない。


私のはというと、実はまだ1/5ぐらいしかできていないのかもしれない。もしかしたら、まだ何も巻いてなくて、コーンのところがちょっとできた程度なのかもしれない。おいしくなるかも分からない。


でも、どこに向かって渦巻いていくかは知っているし、何を芯として、どういう巻き方でつくっていくかについても、20代よりかなりイメージができてきている。

ここからはさらに輪郭をクリアにし、時には失敗したり遠回りしながら、あと50年ぐらいかけて、大きくておいしいソフトクリームをぐるぐると巻いていきたい。



つづく

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