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【パリ16区】 RERC線 Avenue Henri Martin駅周辺鉄道今昔物語

今回は、パリ16区、パリ西の外れを走る近郊列車RER C線のAvenue Henri Martin(アヴニュー・アンリ・マルタン)駅周辺、昔、鉄道が走っていたということで、当時の資料を元に比較しながら、撮影してみました。

比較写真:左側の建物は、建て替えられてしまったが、駅舎、右側の建物は、上の昔の写真の感じがしっかり、残っているのが印象的。

まずはこの鉄道路線の簡単な歴史から。
1854年5月2日、この辺り一帯を含む、Auteuil(オトゥイユ)線という路線が、【la Compagnie des Chemins de fer de l’Ouest(パリ西部鉄道会社)】パリ17区、Batignolles(バティニョール) - パリ16区、Auteuil 間で運行開始。また、その約20年後、1900年開催のパリ万博の連絡路線としての役割も担っていたそうです。

パリ万博の連絡路線ルートは、現在、エッフェル塔があるChamps de Mars(シャン・ド・マルス)〜l'Avenue Henri Martin(ラヴニュー・アンリ・マルタン)区間を複線で運行されており、当時は【Courcelles(クーセル)* - Champs de Mars(シャン・ド・マルス)線】という名前で、親しまれていたそうです。
* Courcelles(クーセル):現在でも地下鉄2号線の駅名として存在している(日本大使館最寄駅)

また並行して、1867年2月25日からは、La Petite Ceinture Rive Gauche(パリ左岸ルート線)も開業し、この辺り一帯も賑わいを見せていたようです。ちなみに、La Petite Ceinture Rive Gauche路線ルートは、現在のトラム、T2線として一部、路線が引き継がれているようです。

当時は、蒸気機関車での運行でしたが、1925年1月2日に電化整備され、その後、1985年1月6日、そのサービスが RER C線へ移行されるまで、運行されていたようです。

以上、参考資料:Association Sauvegarde Petite Ceinture - Gare de l'Avenue Henri Martin (1878)

では、本題には入ります。
まず、資料(資料1)ですが、当時の Avenue Henri Martin 駅。駅舎はほぼ、当時の形のままです。

こちらが2019年現在、駅周辺。現在はRER C線ということ、地下区間となっておりますが、駅舎は、ほぼ当時の形のまま、写真中央奥、確認することができます。
当時と比べると、高い建物が増えてしまったので、駅は目立たなくなってしまいましたが、今でも現役で、駅とカフェレストランが併設された施設となっております。

資料2。Avenue Henri Martin 駅から地下空間に続く鉄道の両脇には、今でも、Boulevard Jules Sandeau(ジュル・サンドー)通りとBoulevard Emile Augier(エミール・オジエール)通りが存在しており、Boulevard Jules Sandeau側から見た現在の写真が、

こちらの写真(2019年現在)。鉄道が走っていた空間の上は蓋で覆われ、現在は、有料駐車場となっております。ただ、当時の資料と比較すれば、お分かりいただけるかと思いますが、奥にそびえ立つ建物は、今でも現役です。

続きまして、こちらの資料(資料3)。今度は、Boulevard Emile Augier 側からです。

資料を下に、ほぼ、同位置から撮影したものが、こちら。
車でちょっと見えなくなっておりますが、車の奥に見える緑の空間には、こちらの資料と同じような空間になっております。それと、右側も木で覆われてしまって、少し見えにくくなってしまっていますが、右側は、ほぼ、資料と同じ三角屋根の建物も確認することができます。

資料3。右側の部分。三角屋根の塔のような建物がこちら。今でも、現役で残っております。

資料3。左側の空間、橋の部分。木が鬱蒼と茂っておりますが、この下には鉄道が走っていた痕跡が確認できます。

近づいてみると、このような看板が。。。
「この場所にゴミを捨ててはいけません」という看板なのですが、更に読み進めてみると、【SNCF】という文字が。
【SNCF】はフランス国鉄なので、この区域の管轄は、フランス国鉄のものとなっているようです。


この区間の一帯のみではありますが、当時、鉄道開通の痕跡を感じ取ることができます。最後の写真は、おそらく、この先トンネル区間になると思いますが、現在では、この位置で、ブロック封鎖されており、残念ながら、その先は確認できないようです。また、廃線後、取り払われたであろうレール、更には、木の生い茂り具合で、月日を感じさせます。

資料4。こちらもBoulevard Emile Augier側からの写真。

資料4の建物がこちら。今でも現役です。木で隠れてしまっているので、わかりにくいところもあるかもしれませんが、このような建物なので、細かい改修工事はしていると思いますが、形はほぼ、そのままの状態です。


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point2vue410(ポワン・ドゥ・ヴュ・視点)/パリ

在仏15年。リヨン経て、現在パリ在住。写真&執筆活動。地球の歩き方パリ2特派員。Instagram仏、伊、英、西で多数ベストフォト受賞歴あり。[Instagram] http://bit.ly/2NpY44o / [FaceBook] http://bit.ly/2NqJ8D4

写真で比較するパリ今昔物語

こちらは、自分の活動の1つである写真を生かしたパリの今・昔を写真でタイムスリップするページです。
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