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ルビー・ザ・キッド Bullet:18


 三日後、内閣府の記者会見で、オリンピック・スタジアムで起きた大規模テロの容疑者と、活動資金を提供していた共犯者の名前が公表される。
「まずは警視庁に送られてきた犯行声明を見てほしい」
 テレビモニターの中で黒桃が言う。画面が切り替わって僕が映る。美猟の部屋で椅子に座って不敵な笑みを浮かべている。

 俺の名前は草彅マリオ。
 スタジアムのテロは俺がやった。
 過去のテロも全部そうだ。
 警察やマスコミは俺たちのことを、反政府組織なんて言ってるけど、
 全然違う、そんなんじゃない。
 政府とか、政治とか、どうでもいい。
 ただ、自分の心の中にある荒野と、外の世界を同じにしたい。
 大勢の人間が、激しい暴力に蹂躙されるのを見るのが
 大好きなんだ。
 そうすることでしか
 俺の魂の底なしの飢えは、満たされない。

 僕は思わず吹き出してしまう。
 テロを起こすよう洗脳した後、ルビーと僕と美猟の願望を一緒くたにした声明文を、さらに黒桃は僕に吹き込み、撮影してストックしていたらしい。自己陶酔型サイコキラーを演じさせられてる自分の姿が、突き抜けるように可笑しくて、しばらく笑いが止まらなくなる。

 二万人以上の人間を、一瞬で溶かして殺せたことで
 俺は深く癒やされた。
 これからも大きな癒やしを求めて
 同規模のテロを続けていく。
 黒桃元首や閣僚たちは、
  一番最後に議事堂ごと溶かして蒸発させてやる。
 肉汁にまみれた東京を見ながら、
 自らの無能さを呪うがいい。

 嘲笑うように僕が言って、犯行声明の動画が終わる。
 それから黒桃は、警察庁の国際テロ対策課が入手したものだと嘘をつき、ペンタゴンから提供された『ファクト』時代の僕の映像を流す。紅い拳銃の射撃テスト、ナイフを使った格闘訓練、ライフルの射撃訓練をシャッフルして見せた後、ここに映っている人物と、スタジアムの大屋根に立つ人物の映像を画像解析にかけた結果、同一人物という答えを得たこと、草彅マリオは生存していると判断し、テロリストとして国内外に指名手配したことを告げる。
「八年前に妻を誘拐した草彅マリオは森タワーから落ちて死んだ。捜査員たちと一緒に私もそれを確認した。しかし検死の結果が出る前に遺体が震災で失われてしまった───それで草薙が身代わりと入れ替わったことに気づくことができなかった。奴が反政府組織を立ち上げ、数々のテロを引き起こした挙げ句、スタジアムの大量殺戮を起こしたこと思うと慚愧ざんきに堪えない」
 切々と語って黒桃がうつむき、しばらく黙る。
 芝居が上手い。
「───昨日、公安の特捜班が、草彅の組織を経済的にバックアップしてきた人物を特定し、重要参考人として拘束した」
 ふたたび黒桃が話し始めると同時に、松濤しょうとうの美猟の家が映る。会場の記者席にざわめきが走る。
「現職の都知事であり、甲斐グループの筆頭株主であり、私の元妻でもある、甲斐美猟被疑者だ」
 数人の私服刑事に囲まれて中から美猟が出てくるのを見て、記者たちが叫び声を上げ、会場全体が騒然となる。
「甲斐被疑者は長年にわたって草薙容疑者と男女関係にあり、奴の組織に定期的に資金援助を続けていた。八年前の誘拐時に引き起こされたストックホルム症候群によって、心理的な強い絆が結ばれたものと思われる───私が彼女に疑いを持ったのは、今年の二月に、反政府組織による私の暗殺未遂事件が起きた時だ」
 伏せていた『ファクト』の暗殺ミッションのことを、黒桃が初めて口にする。奴の背後のスクリーンに、富士山麓の一軒貸しのホテルの写真が表示されて、カメラがそれをアップにする。大穴を開けられ崩れ落ちた外壁、メチャクチャに壊れたベッドルーム、床に突き刺さった突入ポッド、従業員の居住棟に催眠ガスを引き入れる装置、何台もの大型車両が雪の上に残したわだち──次々と映し出される現場写真に記者たちがどよめく。
「SPと従業員をガスで眠らせ、暗殺者を乗せた突入ポッドを航空機から射出する───こんな計画を準備するには綿密な情報が必要だが、休暇のスケジュールを知っていたのは私の他には妻だけだった。草彅容疑者とよく似た男性が彼女の自宅に出入りしており、同居状態にあったとの複数の証言も取れている。甲斐被疑者は現在、警視庁で取調べを受けている。自白の供述が取れ次第、彼女の資産を凍結する。草彅容疑者は野放しのままだが、少なくとも活動資金の一部をカットすることができるだろう」
 カメラのフラッシュが焚きまくられる。
 たっぷりと間を取ってから、伏せていた目を黒桃が上げる。
「新生日本はテロに屈しない。近日中に国家公安委員会直下に治安維持庁を創設し、草彅容疑者を含めたすべての反政府分子の逮捕を目指す。テロリストと行動を共にする者はもちろん、支援する者に対しても厳罰を持って対処する。都知事ですらテロ組織の協力者であり、パトロンであった現実をかんがみ、すべての政党・政治団体はもちろん、あらゆる法人の敷居をを超えて、容赦なくメスを入れていく!」
 どわっ、と会場が爆発するよう湧き立ち、記者たちが口々に質問を始める。
「・・・やってくれたな・・・」
 苦笑いして僕はソファにもたれる。
 現役都知事が二万人以上を殺害したテロリストのパトロンで、情婦でもあったというニュースは、すべての日本人を深く傷つけ、憎しみの嵐を巻き起こすはずだし、自分の妻を果断に処分した黒桃元首のカリスマはこれまで以上に高まるだろう。この後に用意されているシナリオ通りに事が運べば、美猟は終身刑を言い渡されて、黒桃にメンタルを支配され、僕は警視庁の特殊急襲部隊に追い詰められて射殺され、それがライブ配信されるのだろう(ライトナー兄弟の父親の司令はまだ生きているはずだから)。
 三日前に美猟が言ったとおりだ───本当に最高の舞台を奴は用意してくれた。
 僕はテレビを切って、ソファを離れ、カーテンウォールの前に立つ。夕陽に染まった赤茶色の荒野が視野いっぱいに広がっている。かつてルビーが暮らしたナバホの聖地がそれほど遠くないところに見える。
 そう───ここは日本じゃない。
 東京を離れ、日本を離れて、アメリカ合衆国ユタ州にある甲斐グループのゲストハウスに僕はいる。
 すべての罠を書き換えて、チャンスに裏返してやるために。

 黒桃とガルシアの書いたシナリオを逆利用してやろうと決めてから、僕は美猟と一緒に脳内世界へ入り、時の流れをまず止めた。黒桃が嘘を言ってなければ、僕らが準備に使える時間は二日か三日しかなかったからだ。
 八年前に泊まったセルリアンタワーホテルのスウィートそっくりの部屋の中で、ベッドに倒れてたっぷり眠り(脳内世界でも眠れることを初めて知った)頭をすっきりさせてから、僕と美猟は話し合った───対策ではなく、やりたいことを。
「黒桃からもガルシアからも、わたしは逃げようと思わないし、敵を作って戦って、自分を小さくするのも嫌。すべてを呑んで、大きなスケールでこの世界を動かしたいの」
 瞳を輝かせて美猟が言った。
 底なしの飢え、底なしの欲望。
 嬉しくなって僕は笑った。
「そういう美猟と一緒に生きて、僕はもっと絵を描きたい」
 美猟が微笑んで頷く。
「実現させよう。両方とも」
 そのために何をどうすればいいか、ブレインストーミングを重ねに重ね、体感にして三日間、脳内世界で過ごして現実に戻った。
 時間がふたたび動き出した。
 最初にしたことはスマホを使ってメキシコの観光ページを開き、ルビーが銃殺された処刑岩のビジュアルを目に焼きつけることだった。場所の緯度と経度もチェックした。現地の時刻は朝の四時半、気温は十度台の前半だ。服を着替えてアウターをはおり、美猟と一緒に玄関へ行き、トレッキングシューズを出して履いた。それから美猟と左手をつなぎ、拳銃のバレルを右手から出して自分の腿に突き刺した。そして処刑岩のビジュアルと経緯度を強くイメージして引き金を引いた。
 直後に僕らは夜明け前のメキシコの荒野に立っていた。
 満天の星空が頭上に広がり、空気がひんやりと澄んでいた。
 美猟が、ぶるっ、と身震いした。僕は辺りを見回した。
 すぐそばに影の塊───処刑岩があった。
 ルビーの記憶の中で見たよりずっと大きな岩だった。
 美猟の手を放し、近づいて岩肌に触れてみた。たくさんの弾痕らしきへこみが風化しないで残っていた。
「じゃあ───試すね」
 振り返って美猟に言った。
 彼女の手を握り直し、処刑岩に紅い拳銃のバレルを刺して、心の中でルビーの魂に呼びかけながら引き金を引いた。

ぶぅん、

 と強い振動がきて、周囲がふわりと明るくなった。
 星の輝きが強くなり、遠くのメサや、岩の連なりや、まばらな草むらや、足元の土が、薄っすらとした光を内側から放ち、すべての景色が透明な液体に浸されたように揺らいでいた。
 物理現実の世界ではなく、脳内世界とも違っていた。
「見て」
 美猟が処刑岩の上を指差した。半透明の紐のようなものが空へ向かって昇っていった。その先に大きな紅い星があった。星はゆっくり動いていた。紐をつたって降りてきた。輝きとスピードの両方を増しながら迫ってきた。僕は紅い拳銃から手を離し、美猟をかばって後ろへ下がった。
 紅い星が処刑岩にぶつかった。
 あたりが真紅の輝きに染まって、ばくん、と岩肌が脈打った。まるで巨大な心臓のように処刑岩がゆっくりと鼓動を始め、弾痕が集中している部分の岩肌が薄桃色の光を発した。そしてそこからルビーの魂が、胸、腹、肩、腕、顎、顔、髪、の順番で、3Dプリンターから出力されるようにして生えてきた。臍から上までの上半身をトルソーのように反り返らせて、うーんとひとつ伸びをしてから、真っ青な瞳をぱっちり開いてルビーが僕らの方を見た。
「やった!」
 と思わず僕は叫んだ。
 魂の世界に入って、ルビーを呼び出すことに成功したのだ。
 黒桃とガルシアの罠を喰い破るための計画を成功させるには、魂のメディアとして地球の半分を覆っているルビーの協力が必要だった。処刑場の真上の衛星軌道に固定されてる彼の魂に、処刑岩に紅い拳銃を刺すことでコンタクトできないかと僕らは考え───そしてそれは、上手くいった!
「頼みがあるんだ」
 柔らかく光るルビーの半身に歩み寄りながら、僕は言った。

『わかった』

 とルビーの魂が答えた。

『すべての日本人の無意識に洗脳のコマンドを打ち込んで、
魂の反政府組織を作りたいんだな───手伝おう』
 

 びっくりして僕は息を呑んだ。隣りで美猟が目を瞠った。
 話す前から僕らの意志が伝わってしまってる!
 でもすぐに、ああそっか、と思って納得した。紅い拳銃を通して結びついてる僕の望みや考えが、ルビーに筒抜け状態なのは当たり前のことなのだ。

『拳銃のシリンダーに、洗脳のコマンドを吹き込め』

 とルビーが言った。
 僕は美猟の方を見た。美猟が頷き、処刑岩に近づいた。
 突き刺さったまま桃色に発光している紅い拳銃の前でかがみ、シリンダーを開いて唇を寄せ、洗脳のコマンドを囁いた。

平井耀ヒライ・アカルと、甲斐美猟を、
日本のシンボルとして愛すること」

 カチリ、
 とシリンダーを回してさらに言った。

「平井耀と、甲斐美猟を、殺さず、傷つけず、罰すせずに、
テロとの戦いを終わらせること」

 カチリ、
 と回してもう一言。

「政府の指示には従順に従い、黒桃元首に逆らわないこと」

 三つのコマンドを言い終えた美猟が、シリンダーを戻して僕を見た。
 愉快そうに微笑んでルビーが言った。

『罠を内側から裏返す、か』 

 僕は頷き、笑い返した。
 黒桃の命令や政府の決定や法律の規定を守らせたまま、すべての日本人に無自覚に僕らをサポートさせることで、黒桃の罠を機能させつつ、僕ら二人の新しい価値をアメリカに対して発生させる───それが脳内世界で考えた僕と美猟の作戦だった。
 このプランが成功すれば、黒桃の罠が閉じれば閉じるほど、僕と美猟に有利な方向へとすべての状況が転がっていき、ペンタゴンは用意していたシナリオを書き換えざるを得なくなる。B‐GUNシステムの共同開発計画を上回る利用価値が僕らにつけば、処刑したり終身刑にする理由そのものが消滅してしまうのだ。

『拳銃を俺の頭まで動かせ』

 ルビーに言われて紅い拳銃を岩に刺したまま動かした。バレルをルビーの横腹から入れ、胸から肩へ、首へと移動し、左の額に持ってきて止めた。それから撃鉄を半上げにして、コマンドの数だけシリンダーを戻した。
 ルビーが頷き、美猟を見た。

『俺の心臓に手を当てろ』

 美猟が僕の横に並んで左手をルビーの胸に当てた。ルビーの心臓が紅く光った。びくん、と美猟が体を震わせ、右手で僕の左手を握った。三人の体が繋がった。ルビーの心臓と紅い拳銃が同じリズムで鼓動し始めた。

『やるぞ』

 とルビーが言うと同時に───僕らは夜の日本列島を成層圏から見下ろしていた。
 魂の膜になって地球の半分を覆っているルビーの感覚を、僕らは完全に共有していた。それは視覚と聴覚と触覚が、境い目なく入り混じった世界だった。輝きと響きと熱の流れが、闇に沈んだ列島の上を血管のように覆っていた。街灯りの格子やヘッドライトの流れに重なって、数千万の魂が瞬きながら移動していた。
「綺麗」
 と美猟がつぶやいた。
 僕らはしばしその光景に見惚れた。
 列島を覆ったルビーの魂は、滑るように地表へ降りていき、透明な網のようにすべての魂にかぶさった。車を運転している人たち、電車で運ばれている人たち、歩道や地下道を歩く人たち、働いている人たち、食事している人たち、遊んでいる人たち、抱き合っている人たち、眠っている人たちのすべてが、ルビーの魂の網でつながった。

『今だ───撃て』 

 ルビーの合図で僕は紅い拳銃の引き金を引いた。

「平井耀と、甲斐美猟を、日本のシンボルとして愛すること」

 という最初のコマンドが、列島を覆った魂の網の中へと撃ち出され、一億二千万人の無意識に深々と刻印された。続けて僕は撃鉄を起こし、残りのコマンドを撃ち込んだ。

「平井耀と、甲斐美猟を、殺さず、傷つけず、罰せずに、
テロとの戦いを終わらせること」

「政府の指示には従順に従い、黒桃元首に逆らわないこと」

 洗脳のコマンドを撃ち込むたびに列島が紅く脈打って震えた。
 首都圏のあたりでひとつだけ、青白い光が瞬いた。
「黒桃だね」
 美猟が言って小さく笑った。
 ガルシアに憑依されてる奴だけは僕らの洗脳を免れたらしい───いいさ、構わない、と僕は思った。そうでなければ面白くない。

『よし』

 ルビーの声が響くと同時に処刑岩の前へ僕らは戻った。
 拳銃のバレルをルビーの体から処刑岩の表面まで戻して、ひゅう、と僕は息を吐いた。これで黒桃とガルシアの仕掛けた罠は、裏返って僕らを守り出すはずだ。
 美猟がルビーの胸から手を離して、そのまま彼の左頬に当てた。ルビーの青い瞳が輝き、ブランカの面影がフォログラムのように美猟の顔に重なった(魂の世界では思ったことが、そのままかたちになるようだ)。
「ありがとう」
 と美猟が言ってルビーの頬にキスをした。
 ルビーが微笑み、ふわりと光った。
 トルソーのような上半身が処刑岩の中へ戻っていった。腹が消え、腕が消え、胸が消えて、真っ青な瞳を閉じながらルビーの顔が岩肌に沈んだ。と同時に、処刑岩の上から紅い輝きが滑るように空へ昇った。半透明の紐をつたってルビーの魂が成層圏へ戻っていった。紅い星の輝くのを確かめてから、僕は処刑岩から拳銃を引き抜いた。
 魂の世界から物理現実世界のユタの荒野に僕らは戻った。
 風景から淡い輝きが消え、目の前にそびえる処刑岩はただの鉱物に戻っていた。東の空が微かに白み、大気がきんと冴えていた。

 瞬間移動で東京に戻った。まだ夜の十時だった。時間はほとんどたってないけどゆっくりしている余裕はない。部屋へ行って荷造りを始めた。アリゾナ州とユタ州の境いの町にある甲斐グループ名義のゲストハウス(いつか僕のアトリエに使えるようにと、節税対策の名目で先月美猟が買った家)にしばらく滞在するためだ。国内の動きが落ち着くまで「平井耀」は身を隠すのだ。
 美猟は残って成り行きにまかせる。
 裏返る罠の中心点に立っている必要があるし、何よりもここから逃げないことが彼女の望みであり意志だからだ。
「しばらく親族が滞在するって、管理人と警備会社にメールしたから」
 スーツケースを持ってふたたび玄関に立った僕に向かって美猟が言った。
「ありがとう」
 と僕は返して、つけ加えた。
「何かあったら僕の血をイメージして呼んでくれ。すぐ行くから」
 前回、美猟の脳内世界に入って、紅い拳銃を引き抜くいたときに、一滴だけ彼女の頭の中に僕の血を残しておいたのだ───こちらからはGPSのマーカーになり、美猟の方からはエマージェンシー・コールのアプリとして使うことができる。
 美猟が頷き、僕にキスした。
「ルビーの頬にキスしたとき、ちょっと妬けた」
 唇を離して僕は言った。
 ふふ、と美猟が微笑んだ。
 彼女の体をしっかり抱きしめ、その感触を味わってから、僕は紅い拳銃を右手から出し、自分に刺して引き金を引いた。
 ユタ州のゲストハウス前に現れた僕を、夜明けの空気がひんやり包んだ。
 明るくなった空を見上げて深呼吸をひとつしてから、玄関へ向かって歩き出し、スマホを使ってスマートロックを開けた。
 電気と水道とガスを使えるようにし、地下の倉庫に備蓄してある飲料水と食材をチェックしてから、ガレージの車両を見に行った。ダイアモンド・ブラックのグランドチェロキーと、BMWのオフロードバイク・HP2エンデューロが置いてあった。物理現実を移動する必要がある場合には、この二台が僕の足になってくれる。
 リビングへ行って家具のシートを剥がし、建物全体の空気を入れ替え、日本の番組が視れるようテレビのチューナーをセットしてると、ガラスのカーテンウォールから朝日が真横に入ってきた。シェードを下ろして国営放送にチャンネルし、ソファに座って一息ついた。明後日、内閣府の臨時会見が行われることをアナウンサーが告げた。
 さあ、
 と僕は思った。
 好きなように動け、黒桃───こっちの準備は整ったぜ。


(続く)

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