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Kの相撲

 やけに遅いエスカレータに乗っている。僕、カーゴ、ヤナイはエスカレータの側面に貼られている鏡に映っていた。
 各々が好きな服をまとっていた。僕は光沢のある柄シャツの下に、同じ色味の別の柄のパンツを履いて、カーゴはボロボロのカーゴパンツにバンドTシャツ、ヤナイは色落ちしたデニムにリアルなトラのイラストがプリントされたTシャツ。僕らがゆっくりと上がっていく様を鏡が映していて、雑誌の表紙っぽい、と思ったけれど、もし今写真を撮ったら、写りそうなくらいの最悪な空気だったから、画にならないな、と思った。カーゴが、店内に流れるドンキのBGMに合わせて口ずさんでいた。

 2階に着くと、扇風機コーナーがあった。汗と海水で体に張り付いたTシャツを乾かしに、カーゴが扇風機の前まで小走りで行った。それを見ていたヤナイが、はあ、とため息を吐いた。
「またチャンスつくるからさ」と僕が言っても、ヤナイは「はあ」とため息しかつかない。僕の言葉はあまりに頼りなかった。
 カーゴは何もなかったみたいに扇風機に向かって「たまやー」と言っている。カーゴはそういうやつだ。M47パンツの裾はほつれているし、ケツにはさっき浜辺で倒れたときに着いた砂がまだついている。砂が扇風機の風で数粒、床に落ちた。

 僕らは、夜の海で今年最後の花火をしていた。ヤナイはそこでカーゴに告白するつもりらしかった。僕はヤナイに「協力して」とだけ聞いて、できるだけ自然に二人きりにできる策を考えていた。どうもタイミングを計り損ねていると、ヤナイに苛立ちの目を向けられて、終始落ち着かなかった。線香花火をやるというタイミングになって、ここだ、と思い、「あ、うんこしたい!」といって、トイレに駆け出した。それが不器用な僕の最善の方法だったが、それでもやっぱりヤナイは僕をすごい目で見ていたと思う。
 そこそこ暗がりだったし、僕はもう見えないだろうというところまで来ると、Uターンし、二人の近くに盛ってあった砂山の陰から様子をうかがうことにした。
 ヤナイは静かな線香花火の火を見つめると、柄にもなくキレイ、とかいった。ヤナイはどうにか雰囲気を作ろうとした。夜の海、線香花火、心地よい風、舞台は整っていた。そこへカーゴが、束にした線香花火のでかい火だるまを手に、ヤナイに近づいてきた。そのとき、僕にはカーゴがゴジラに見えた。だが、ヤナイはそれに動じない。というか自分のことで精一杯で、気づいていなかった。
 カーゴはヤナイに肩が触れ合うまで近づいた。カーゴもまた、距離感をわかっていなかった。遠くから見れば、二人の存在は溶けあい始めているようにすら見える。完璧だ。二人は暗い中で火だるまの線香の光を見つめている。
 「カーゴ、もう私たち三年生だし、来年もまたこうして、花火、できるかわからないし」
 ヤナイが静かにしゃべる中、カーゴは静かだった。線香花火の弱い光だけが頼りの暗がり。いけるぞ、と思ったとき、カーゴがヤナイとの前に何かを置いているのが見えた。嫌な予感がしたと思ったら、火だるまみたな線香の玉がぼと、と落ちた。
 「カーゴ、つまりね、私は」
 ヤナイが言いかけたところで、カーゴは突然後ろに駆け出した。自分が思いを伝えることに必死だったヤナイは、突然の出来事に混乱した。落ちた火だるま、火のついた短い導火線、線の先のロケット花火。目の前の状況を理解したヤナイは、すぐに逃げようと立ち上がろうとしたが、腰を抜かし、その場にしりもちをついた。とうとう目の前で筒が爆発し、ヒュン、と高い声を残して、空に花火が舞った。走り幅跳びの助走のごとくきれいに走る真顔のカーゴ、ただ恐怖におびえた顔のヤナイ、煙を上げ、希望の顔で宇宙にめがけ飛んでいく花火。
 そのシュールな走馬灯みたいな光景は、ゆっくり流れていた。僕の頭には、くるりの「ばらの花」のイントロが流れていた。


 それからは早かった。今にも泣きだしそうなヤナイを、僕が慰めようとしたら、彼女は突然低い姿勢のまま走り出し、花火を見て「たまや」といっていたカーゴを突き飛ばした。それから相撲が始まり、それから僕が行事をして、気が付けば白熱していた。線の細いカーゴはぼろ負けし、いつの間にか相撲に夢中になっていたヤナイの機嫌は戻っていた。 

 それから相撲で汚れた二人の(主にカーゴの)着替えを買おうと駅前のドンキに入ると、店内のやけに白いあかりと、馬鹿みたいにのんきなBGMと、カーゴの癪に障る鼻歌を聞いていたら、ヤナイは急に頭が冴え、さっきの場面を思い出したのか、みるみる機嫌が悪くなっていたのだった。

 「どんどんどん、どーんきー、どんき、ほーてー」

 ゆっくり首を振っている扇風機を追いながらカーゴが歌うと、僕の隣にいたはずのヤナイが低く走り出し、気が付くとカーゴを倒していた。
 今年も、夏が終わる。

#2000字のドラマ

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