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【短編小説】赤い空の下で

「死ぬかと思ったよぉおお!」
 魔物退治に失敗した魔物退治屋の女が、アカツキに担がれた状態で泣き叫んだ。が、それを気にする余裕はない。アカツキは赤い空を見やりながら合流地点まで急いでいた。
 緊急救助隊という名称について「単なる救助隊でよいのではないか」という愚問を抱いていたが、その答えはすぐにすっ飛んできた。……そもそもその依頼を受けることができるくらいの手練れが助けを求める時点で切羽詰まっているのだ。そりゃあ「緊急」とつけたくもなる。
「蛇って聞いて行ってみたらさ、大蛇だったんだよ! もう信じられない!」
 少し黙っていてほしいものだが、パニックになる気持ちも分かる。奴が地面を這う振動がこちらにも伝わっているので、女がわめく理由も分かる。
 キュローナ水源付近で蛇が出た。近くを通りかかった旅人がお節介で出した依頼だった。観光資源のティニアの花と銘打ったティニアモドキが大量に枯れたという事件もあったが、それを抜きにしても水源の景色は美しい。全盛期ほどの勢いはないとはいえ、客はそれなりにいた。
 だからこそこのような依頼も出る。蛇退治なら容易だと乗り込んだ魔物退治屋たちを迎えたのは、全長十メートルは優に超える大蛇であった。
 地面から飛び出てきたそれに、五人の魔物退治屋は即座に対処ができなかった。蛇の姿を見て一目散に逃げだしてしまい、命からがら近くの町に戻ってきた一人が緊急救助を要請したわけだ。
「ねぇ、他の仲間もいるんだけどそっちは助けてくれないの?」
 徐々に頭が冷えてきたらしい。女はさらっとそんなことを言う。アカツキは「他の隊員が向かってるから」と言って女を黙らせた。実際のところ、無事に向かっているかは分からない。蛇に丸のみにされているとか、別の理由で怪我をしたとか、「もしも」の出来事なんてこちらの予想をはるかに上回るのが常だ。
 ……それでも、この仕事は正直向いている。アカツキの体質についてもギルド側は理解を示してくれた。姉も穏やかに暮らしている。島にいた時とほとんど変わっていない様子で。
「!」
 地面が盛り上がるのを足の裏で感じ、即座に飛びのく。大口を開けた蛇が空へと伸びていく。女が悲鳴を上げた。
「ちょっと! もう少しなんとかできないわけ!」
「救助されてる身でわーわー騒ぐな!」
 障壁魔術を展開する。大蛇が鼻先を強かに打ちつけるも、魔術はびくともしない。
 順番を間違えたかもしれない。こんなにうるさい女だと分かっていたら治癒の魔術を後に回していた。例え、脚の骨が粉々になる重傷を負っていたとしても。
 姉の方がまだマシだ。姉だったらもう少し頭が切れる。大声を出したら危ない場所と状況を把握するくらいのことはできるからだ。
「ねぇ、あなた初心者なの? 魔術を展開するだけで体に熱を持つなんて!」
 ……それに、姉だったら間違ってもこんなセリフは吐かない。
 炎の加護を直接受けているアカツキの魔力は純粋な熱に近い。魔術を発動せずとも体温がやや高いのもそのせいだ。それこそ昔であれば「未だに子供体温」などと言われることもあったが。
「なぁ、おとなしくしててくれよ。そうじゃないと助けられる奴も助けらんないだろ」
「あなたがちゃんとした魔術師ならおとなしくするわ」
「あー、俺は魔術師じゃなくて――」
 精霊、と言う前に女が吠えた。
「初心者どころか素人ってこと!?」
「話聞けよ。俺は精霊族。魔術師なんかと一緒にするなってこと」
「精霊族……そういえば、変な精霊族が入ったって噂は聞いたけど」
「噂?」
 喋りながら高度な障壁魔術を次々に展開する。アカツキの扱う魔術は威力や効果が高い一方で、魔力を著しく消費するものや、準備に時間がかかるものが多い。適格かつ最低限な展開により、魔力と時間を節約するのが基本的な動きだ。それも魔術師からすれば半端にしか魔術を展開できない初心者ムーブに見えるのかもしれない。
「日が出ていない夜は全く活動できないって……」
 女が、現状に気付く。
 太陽が地平線の際にある。ゆらゆらと世界を赤く染めている。
 女は悲鳴を上げた。アカツキは耳を塞ぎたくなったがそれどころではない。
「ちょっと早く! あたし、悪いけどあんたを運ぶ体力はないから置き去りにするわよ!」
「耳元で騒ぐな!」
 ……この調子だから蛇ではなく大蛇が出てきてパニックになったのだろう。こちらは最初から合流地点に向かっているというのに騒いだり暴れたりで時間を浪費していたのは彼女の方だ。
 しかも不幸なことに、大蛇は頭が悪かった。アカツキの障壁魔術に鼻先を打ち付けても「チャンスがある」と考えているらしい。まだ地面が揺れている。蛇の振動がこちらに伝わっている。この先で他の救助メンバーと合流できれば流れが変わると思いたい。大蛇は一匹だけのはずだ。まさかこれだけの巨体が他に潜んでいるとは考えられない。
 体が揺れる。大蛇が攻撃を仕掛けてきたのだ。だが、アカツキが眠ってしまうと勘違いした女はいよいよ手遅れの悲鳴を上げ、どさくさに紛れてアカツキの腕から脱出してしまった。
「……あれだけ元気なら、担がなくてもよかったかな」
 見る見るうちに女の背中が小さくなっていく。そのまままっすぐ行けば他の救助隊員が待機しているはずだ。
 女は放置して、アカツキは視線を大蛇に向ける。手中の炎が細く伸びて、錫杖の形を取った。
「よし!」
 木々が倒れる。魔物にとって魔力を持つものは餌だ。アカツキのように潤沢な魔力を持つものなんて垂涎もののごちそうになる。その場から動かなくなったアカツキを見て、大蛇は高揚を抑えられない。蛇の巨体が恐ろしい速さで動く。アカツキを絞め殺してから呑み込む気だ。
 だが、もう遅かった。
 濃縮された魔力がその場で爆ぜる。障壁魔術の圧縮を応用し攻撃魔術に転換。締め付けようとしたのが仇だった。熱源との距離を縮めたせいで、大蛇の体はひどく焼けた。のたうち回る。振動が響く。炎はアカツキの傍でも燃えているが、こちらは障壁魔術で問題なく防御できる。
 このまま放置していても勝手に死ぬだろうが、余計な被害を出すよりなら今ここで仕留める方がいい。錫杖の先端を大蛇の体に添えて、魔力を飛ばす。
 まるで杉の葉を燃やすかのようにして、巨体は一瞬で炎に包まれた。
「アカツキさん!」
 ギルドの職員がすっ飛んでくる。急に天高く燃え上がった炎に皆が驚いてきたのだろう。
「ん。蛇は倒した」
 ぱちぱちと現在進行形で燃えているそれをあっさり飛び越えたアカツキは、救助対象の女が隠れているのを見つけて息をつく。合流できたらしい。
「これで仕事は終わり、ってことでいいのか?」
「そうですね。救助対象をほっぽり出して蛇を倒していなければ満点でした」
「ほっぽりだす!? 俺はほっぽりだしてないって、あいつが勝手に勘違いして逃げるから!」
 ギルド職員が眉をひそめて、女の方を見た。
「話が違いますね」
「う……」
 女は「ふえーん」と泣き始めた。めんどくさいな、とアカツキは思った。
「だって、だってぇ、その人眠ったら今度はあたしが食べられちゃうとおもってぇ」
 ギルド職員は慌てて女をなだめにかかる。あのサイズの大蛇がいる環境であれば、他の魔物が寄ってくる可能性があるからだ。
 アカツキは、水源を照らす朝日・・を眺めながら、己の今後について思いを馳せた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)