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【短編小説】ワインパーティー

 酒場・髑髏の円舞ワルツ――。
 その席の片隅でノアとラスター、コバルトはボックス席の片側にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。その他全ての椅子とテーブルは、突如やってきた団体客に全部奪われ、料理もマトモに載せられない。ノアは膝に乗せたサラダボウルからレタスをもしゃもしゃと食べた。サラダ油の味がする。
「常連を大事にしない店は潰れるぞ!」
 コバルトの皮肉は団体客の騒ぎに全部吸われていった。ラスターは油でギトギトの肉の塊(何の肉なのかは分からない)を酒で流し込みながら悟った顔をしており、既に十数回ため息をついている。男三人がボックス席の片側に詰め込まれているのだ。室内はやや涼しいのに身体がくっついているせいで妙に暑い。
 もともと髑髏の円舞ワルツは少人数の客を想定した店だ。団体客と行ってもせいぜい四、五人程度が前提で、こんな数十人の客を受け入れる余裕は店には無いはずだ。客がワインを頼んだ。グラスの個数にして二十三杯。店主はウキウキで注文を受ける。
「そんなにワイングラスあるのか?」
「ないね」
 コバルトはワイングラス・・・・・・をノアとラスターに手渡した。中には透明な液体が入っている。
「注文したの?」
「あの団体連中が『ワインがあるー』ってきゃあきゃあ言ってたからね、先に注文しておいた」
 ノアの問いにあっさりと答え、その性格の悪さを披露するコバルトに対し、ラスターは「さすコバ」という謎の褒め言葉を進呈していた。
 ノアは団体客を見た。少し顔を赤く染めた彼らは既に随分できあがっているらしい。一人がワインのうんちくを語っている。それに女性陣が「きゃあ」「すごーい」と黄色い声を上げて盛り上げていた。一方店主は悩んでいる。案の定グラスが足りないのだろう。ワインを日常的に楽しめる富裕層は地区には多くなく、よく売れる酒は大抵度数の強い安酒だ。店主は、邪悪な笑みを浮かべながらワインをがぶがぶ飲むコバルトを睨みつつ、店にあるだけのグラスで片っ端から代用していく。ジョッキ、お猪口、グラス、etcエトセトラ……。
「あの人、有名なフードライターじゃないかな」
 ノアがぽつりと呟いた。ラスターが眉をひそめた。
「フードライター?」
「うん。あちこちの店を食べ歩いて、評価したものをまとめて本にしているんだ」
「読んだの?」
「シノがオススメしてきたから読んだんだけど、俺はあまり好きじゃなかったかな」
「ミーハーな精霊族の好きな本にロクなモンがあるわけないだろ」
 コバルトはそう言って喉をグウグウ鳴らした。
 男三人が窮屈に飯を食う様子には目もくれず、フードライターなる男は店の料理を評価する。「独特な味わいだね」と言った辺りでラスターが思いっきりウイスキーを吹きだした(コバルトが「消毒か?」といちいち刺さった)。
 ヤケクソになった店主が、色々なグラスでワインを持っていく。当然中身は全部同じものなのだが、フードライターの男は目を輝かせた。
 彼はまず、普通のグラスに入ったワインをテイスティングした。「ん、」「ふむ」とそれらしい声を上げるのが聞こえる。コバルトがあからさまにイライラし始めたのが分かったが、ノアはあえて何も言わなかった。続いて男はワイングラスで同じようにテイスティングを始める。
「こちらの方がワインの色が美しいですね」
 ノアの肩が震えたのを見てラスターが連鎖的に笑いを堪える。そりゃあそうだ。ワイングラスのあの形状はグラスの中のワインの色を見やすくするためのものだ。
「ヘイ、マスター」
 男の呼びかけに、いよいよコバルトも露骨に苛ついている。
「こちらのワインと同じものを、皆さんにも」
 店主は目をしぱしぱさせて、集団の使うテーブルと男の顔を交互に見た。これがコバルトだったらあっさり「全部同じワインだよ」と言いそうなものだが、店主は分かりました、と言った。
「できるのか?」
 ラスターの問いに、ノアは少し伸び上がった。
「……スープボウルにワイン入れてる」
「何でもいいんじゃないか? マトモに味の違いも分からないみたいだし」
「そもそも連中をさっさと追い出してくれねぇか」
 コバルトは身じろぎした。「狭くてかなわん」
 フードライターの男はやはりうんちくを並べている。そこに大量のスープボウルを持った店主がやってきて、いよいよコバルトが「限界だ」と吐き捨てた。


 ……と、いうのが先日の話だったと思う。
「例の人の新刊が出たのよ」
 ウッキウキの様子のシノがそんなことを言った。ノアはぱらぱらと中を捲る。その中に「酒場・髑髏の円舞」の文字を見つけて思わず変な声が出そうになった。

 ――多種多様な酒と独創的なつまみが楽しめる隠れ家的名店。

 ものはいいようだな、とノアは思った。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)