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淡路島の思い出

人は予期せぬことが起こると、体が一瞬フリーズするらしい。あなたもそんな経験はないだろうか。

例えば、今から15年前。とある初夏の、よく晴れた日のことだ。想像してみてほしい。あなたはレンタカーを借りて、ドライブをしている。場所は兵庫。これから淡路島に向かうのだ。

助手席には、中学3年生になる娘が乗っている。父と娘、二人だけの旅路。父親として、思春期の娘と二人でゆっくり過ごすなんて、これが最後になるかもしれない。そう思うと、この時間が何ともかけがえのないものに思えてくる。

娘は、あなたのそんな思いも知らずに、助手席でうつらうつらしている。恐らく、さっきお昼に食べた天ぷらうどんが効いているのだろう。大きな海老の天ぷらが2本乗っていて、娘に「1本ちょうだい」と言ったら、「え?無理」と断固として拒否された。

そんな食い意地の張った娘というのは、すなわちこれを書いているわたしのことだが、ともかく娘は満腹になって眠ろうとしており、父親のあなたはそれを見守りながら運転している。

淡路島に渡る明石海峡大橋に通りかかった。晴天の中、海の中を運転しているようで気持ちがいい。あなたは娘にもこの爽快さを伝えたいと思い、声をかける。

目を開けた娘は、夢とうつつを行き来しながら「ああ、きれいだね」と言う。そして「まぶし。日に焼けるわ」と言って、ひざにかけていた前開きのパーカーを引き上げて体全体にかけ、そのままフードの部分ですっぽりと顔を覆った。再びそのまま寝始めたようだ。

運転手のあなたからすれば、助手席に、人間の形をしたパーカーを乗せているわけである。そのまま1時間近く運転し、南淡路の方まで来た。

その間に、娘は本格的に眠りに入った。そして爆睡するあまり、実はパーカーの下で体が助手席の椅子からずり落ちている。しかし運転に集中しているあなたは、そのことに気が付かない。

山道を走っていると、ふと視界が開け、キラキラと陽の光が反射する美しい海が広がった。あなたは息をのむ。そして、この絶景を娘にも見せなければと思い、左手でパーカー人間の肩を揺さぶって起こそうとする。

その瞬間、フードがペロンとめくれた。しかし、そこにあるはずの、娘の顔がない。本当はパーカーの下で体がずり落ちているだけなのだが、あなたはそれを知らない。どう見ても、生首の人間にしか見えない。

あなたはフリーズした。
そして大きく息を吸い込み、叫んだ。

「うわああああああ!!!」

後年、あのときは事故かと思ってリアルに死を覚悟した、と娘は語る。車の中で突然叫ばれることほど、心臓に悪い起こされ方はない、と。

15年前の、父と娘の淡路島旅行。もっとたくさんの思い出があるはずなのだが、このくだらない出来事のせいで、ほかの記憶はすべて薄れてしまった。

ところでなぜ今日、淡路島の思い出を語ったかというと、今まさに淡路島に向かっているからである。

恋人とダーツの旅をすることになり、結局神戸でレンタカーを借りて、彼の運転で淡路島や兵庫を回ることになった。

今度は死にかけることがないよう、助手席では絶対に爆睡しないようにしたい。

※旅行中はnoteの更新が滞ります

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