「成長はすればするだけ、生産性は高めれば高めるだけ良い」という価値観/自己紹介(後半)

自己紹介の続きです。

  • そもそも社会人としてやる気あんのかレベルの悩みにもんもんとしていたそんなとき、斎藤幸平さんの「人新世の資本論」を読んで衝撃を受ける。なんと見事に、私が普段の仕事や生活の中で抱えていた違和感が明確に言語化されていることか。(現職の社長の影響で読書が習慣になったおかげで巡り会えた本。なんとも皮肉・・・)

  • 利益や成長を無限に追い続れば追い続けるほど、有限な環境は壊れていくジレンマを考えたときに、人がつくりだした資本主義システムと自然のシステムはそもそも相容れない=「成長はすればするだけ、生産性は高めれば高めるだけ良い」という価値観はきっと、人為的に(資本家や支配層の)意図を持って作られてきたものなんだなと気づく。

結果的にこの気づきは私に、会社員として求められる「成長」「生産性」という価値観からうまく距離を取ることを可能にしてくれました。
私が資本主義に対して抱える違和感も、きっとおかしいものではない。

前提として、私は仕事において、一生現役でいたいと学生の頃から思っていました。
おそらく、たとえば50代後半にどこかの会社の役員にまで運よく登り詰めたとしても定年が待っていて、「会社に属さなくなった時に私は何をする人になるのか?」という素朴な疑問が常にあったからというのと、奈良で出会ったカッコいい大人たちの影響を色濃く受けたからだと思います。

であれば、私の仕事観がそもそも《資本主義に生きる企業人生》という枠の外にあるのなら、話は早いのでは?
会社員としてのキャリアにこだわらず、私は自分の人間性を疎外せずに働いてみたい。

分業化された現代の社会では、むしろ仕事にやりがいを見つける方が難しくて、そんなものを求めるなんて贅沢だという考えもきっとあると思います。でも自分の人間性や個性を生かして、できるなら周りのそれも生かしながら、世知辛さではなく癒しのあるコミュニティの中で働く日々を夢見るくらい、いいよねと。

そんな夢を思い描く、近ごろは残業漬けの日々です。

#資本主義 #人新世の資本論 #生産性 #人間性の疎外


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