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【モネ展 2023】上野の森美術館で学ぶ創作術


『「またまた」やって生まれる「たまたま」』のクリエーションは順調に進んでいる。

クリエーションの期間中に取っているメモがある。それをもとに、僕たちが、今、どんなことを気に留め、悩みながら創作しているのかをnoteにしたいと考えている。けれど、それは年明けになりそうだ。

今週は、上野の森美術館で来年1月28日まで開催されている『モネ 連作の情景』について書いてみる。




美術に学ぶ創作術

美術を評論したり、感想を述べたりすることは有益なことだけれど、今回、この絵画展に呼応して自分がどんな文章を書くかを考えたときに一番に浮かんだのは小説だった。

いや、これから発表していく文章は小説未満のもの=散文だろう(僕は小説と散文を同程度に愛する)。


《昼食》

時折、夢のなかで慌てることがある。随分とやりたい放題な様だけれど、もしもこれが「現実」だとしたら大変なことになるぞ、と夢のなかで、われに返る。襟もとをただす。アニメーションの描写で、頬をつねってみてもやっぱり痛みを覚えるからこれは夢ではないのだと歓び/嘆くような描写を幼い頃に幾度も見たような気はするが、幼い頃に、夢と現実が曖昧になることなんてまずなかった(夢は夢として、現実は現実として)ので、アニメーションのように、一度は自分の頬を、思い切りつねってみたい、欲動に駈られるもそのようなシチュエーションは、残念なことに、訪れなかった。

年齢を重ねると子供の頃よりも頭脳は明晰になって、さまざまな意志決定を下し、伴う責任を負うことも可能にはなってくるが、明晰になっていく分だけ、同じだけ曖昧さも増していっているような気がするのは私だけ?

ひとつに酒を飲むようになったこと。ニコチンを吸うようになったこと。カフェインを摂るようになったこと。と関係があるのかもしれない。これらを摂取すると——その働きは一様ではないし、個人差もあるだろうから、各々で使い分ける必要がある——意識は覚醒し、集中力が高まると同時に、興奮と鎮静が一挙に襲来する。波が引けるのと寄せるのが同時に起こる状態、と言えばイメージしやすいだろうか。そんな状態になって(そんな状態をわざと拵えて)私はベッドに潜る。翌朝にはこの状態がリセットされてあるようにと、1杯の水を飲むのが私の賢明さ、きまじめさだろう。

目を覚ますと、自分が横たわっているこの場所がどこかわからなくなって一瞬錯乱する。いつもの寝室であることがわかり、安心する。そして、自分の居場所がわからなくなるくらい深く眠れることは幸福なことだと天に感謝する。

天には誰も存在しない——たまたま頭上を通り過ぎてった旅客機の乗客とその乗務員以外には——神の存在も信じない。穏やかな天。たまに怒り狂うように雨を降らせ、雷を落とすが、あんなもの、たんなるサイクルだ。


《アルジャントゥイユの雪》

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