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本を読み始るようになったきっかけ #振り返りnote 8月12日〜18日

毎週土曜日恒例の #振り返りnote の企画です。今週は、8月12日〜18日のあいだに投稿した過去記事をまとめました。

ちょうど1〜4年前の今の時期に自分がなにを考えて、なにを行動していたのか。そんなことを振り返るための時間が少しくらいあってもいいと思う。


2021年8月12日 「演劇人コンクール2021」で、岸田國士の戯曲『命を弄ぶ男ふたり』を演出します。

また他人の戯曲で演劇をつくってみたい、という意欲が湧いてきています。今年7月に上演した『太陽と鉄と毛抜』は、歌舞伎十八番『毛抜』を翻案したものだったけれど。次は、翻案はせずに、既成戯曲と向きあってみたいです。


2022年8月13日 紙屑みたいな人生を生きてんだな

良いエッセイ。SNSで自分の日常をどれだけ投稿していくか、ということに対する逡巡みたいなものがうまく描けていると思います。インスタグラムは、ずっと放置しっぱなしだったけれど、レジデンス先のアーティストたちと話をして、もっとちゃんと運営しないといけないな、と思ったので東京に帰ってきてからは積極的に動かすようにしています。よろしければ、フォローをお願いします。Instagram, Threads, X ともにアカウント名は @yamatomyzw です。

Instagramは、レジデンス先のアーティストからアドバイスを頂いて、これからポートフォリオ的に運営したいと考えています。

Threadsでは、日常のなかでふと思ったことや感じたことをすぐさま言葉にして投稿しています。ミニnote的な存在です。

Xは更新頻度少なめ。重要なステートメントのみを投稿します。プレスリリース的な使いかたです。


2019年8月14日 上演を前提にしない戯曲を書きます

2019年の記事です。この頃はめちゃくちゃスピリチュアルで、稽古場でもわけのわからないことを(今以上に)口走っていて多方面に迷惑をかけた覚えがあります。すみませんでした。あのスピリチュアルさはいったいどこからの影響だったのだろう。感覚的な諸々を科学的な言語に変換できないまま、感覚的に喋ろうとするとその説明はどうしてもスピリチュアル的になってしまう。気をつけます。


2019年8月15日 芸術家の美徳:わたしたちの文化を崩壊させないために

「どうして芸術が不要とされるのかを冷静に観察したい」と僕は2019年に書いたこの記事のなかで書いていた。それからわずか1年後に芸術が「不要不急」と表現される世の中が来るなんて思ってもみなかった。ここで強調したいのは、自分が未来予測をした、なんてことではなくて、芸術がいかにか弱い存在であるか、ということだ。喩えるなら、開け放たれた窓の程近くに置かれた蝋燭に灯る火のようなものだろう。


2022年8月16日 チーターの頭で考えてみたい

僕にはいろいろと伝説的な所為がたくさんあって、人に話してみたいのだがなかなか話すことができないでいる。話すと大抵、冷めた口調で「そういうことをしてのけるのをかっこいいって勘違いしてるんでしょ?」と指摘されるので、誰にも話さないで、自分の心のなかにとどめている。たまに抽斗から出すように、その伝説的な所為に関する思い出を振り返ることもある。でもそれについてを人に話したり、書いたりすることも決してない。僕ひとりのための娯楽である。


2019年8月17日 風呂と旅

湯船に湯を張ることになんとなく罪悪感がある。これだけ大量の水を自分のためだけにつかってしまっていいのだろうかと懐疑的になってしまう。栓を抜いて、溜められた湯とサヨナラするときには罪悪感はMAXになる。だから、残ったお湯は洗濯水として再利用することにしているのだけど、タイミングが合わなくて洗濯機をまわせないときもどうしてもある。


2022年8月18日 気兼ねなく会話できる人とは、気兼ねなくお酒を飲むこともできるし、気兼ねなくとなりで眠ることだってできてしまう

本を読み始るようになったきっかけについてを語っているが、随所に噓が含まれている。僕が本を読むようになったきっかけは、本ならば、いくらでも際限なく買ってやると両親が言ってくれていたからだ。僕は本屋に行くたびに何冊か本を買ってもらった。「この前買った本をまだ読み終えていないでしょう?」と言われたことは一度もなかったと思う(少なくとも、記憶にはない)。つまり、幼少期から積読をし、本に囲まれたいたのだから、それはある種の英才教育だったのかもしれない。ただ、本を読むのはあまり得意ではなくて、15分くらいしか集中力がもたなかった。テレビやゲームは何時間でも見れるのに、本だとそうはいかなかった。でも、本を読むことをやめようとはしなかった。読書は得意ではないけれど、もともと好きだったのだとは思う。


振り返りnoteのアーカイブ

自分のなかの揺るがない価値と正解 #振り返りnote 7月29日〜8月4日

時代は忙しないが, 自分は自分のペースで生きる. #振り返りnote 7月22日〜28日

画家が自画像を描くように. 作家が自分自身をモデルにした物語を書くこともある. しかし, そのような稼業は決して長続きしないことを文学史は証明している. その先にあるのは破滅か. 消失か #振り返りnote 7月15日〜21日

生きる喜びの隣にはいつも気心知れた仲間がいる #振り返りnote 7月8日〜14日

人と会って話す時間が大半を占めている時期には小説を書くことができない,代わりにエッセーのアイデアが絶え間なく浮かんでくる,言語モードが“社会的”に設定されるからだ.小説を書くためには言語モードを“非社会的”にしないといけない,部屋に閉じこもって,スマートフォンやインターネットからも遠ざかる,“非社会的”な時間 #振り返りnote 7月1日〜7月7日

迎合すべきところは迎合すべきだとして、迎合しきれない点があれば自分を貫いてみてもいいんじゃないか #振り返りnote 6月24日〜6月30日

勝負には勝たないといけない,勝つと勝たないのとでは話が全然違ってきてしまうから #振り返りnote 6月17日〜6月23日

「美しい言葉」っていうのはなにも「伝統の中にある言葉」のことだけをさすのではない,僕の中にある言葉の採用基準は:その言葉が持っている普遍性——つまり.時代や国境,価値観,の違いを越えても通じやすいかどうか #振り返りnote 6月10日〜6月16日

めぼしいアイデアはいつも偶然生まれる。偶然生まれたそれを取り逃さないようにすることが大切なのだが、もっとも大切なのはその偶然——1000分の1の確率を、10分の1にまで押し上げることだ。 #振り返りnote 6月3日〜6月9日

もっと現実に向き合わないといけないなと思う。だからフィクションの言葉だけではなく、リアルな言葉で日々を綴っていく。日記やエッセーの言葉は過去の自分からの指令みたいなものだ #振り返りnote 5月27日〜6月2日

「AかBか」で決めなくていい.「AもBも」でいい #振り返りnote 5月20日〜5月26日

読みやすい文章はAIが脅威のスピードで生成してくれるのだから.人間の僕はとにかく読み応えのある文章を書いていこう(しかし,文体を重たくすることと,文章を難解なものにしていくことは同義ではない,) #振り返りnote5月13日〜5月19日

傾向として,愉しかった経験よりも,愉しくなかった経験を書いて残すことが多い.愉しかった経験について書くときよりも,愉しくなかった経験を書くときのほうが,筆がのるのはどうしてだろう? #振り返りnote 5月6日〜5月12日

大切なのは「しゃべるように書く」ことではなくて「書くようにしゃべる」こと.ひさしぶりに尾川正二『文章のかたちとこころ』を読んでみよう. #振り返りnote 4月29日〜5月5日

【急募!】 僕の脳波を測定してくださる方 #振り返りnote 4月22日〜28日


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今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。 これからもていねいに書きますので、 またあそびに来てくださいね。