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短編小説 雪の結晶〜P2P7曲目 oneより〜

物を整理するときに『いるもの』『いらないもの』と分け、どうしても悩む物は『保留』の箱に入れると仕訳がしやすくなる。
と言うのは、整理整頓のセオリーのように言われている。
私は、この『保留』が圧倒的に多くて、結局そこで足踏みをしてしまうタイプだ。
つまり、何が大切かを瞬時に判断できない。

だから、壮一の事を忘れまいと壮一が好きだった色の仕事に就いた。
『忘れたくない』ではなく『忘れまい』とだ。
壮一の事を記憶の外に追いやる自分が嫌なだけだった。
だから、あの写真に何故か拘っていた透さんに、私の浅はかな気持ちが見透かされるんじゃないか。そう思って、私は離れた。
壮一を盾にして。

それがあのデニムから溢れる砂を見て、壮一は思い出であり、透さんは私の大切な人である事を強く認識した。
なのに、次の瞬間、私の前に突きつけられたのは、田舎に帰ってしまうと言う短い内容のLINE。

私は初めて透さんを追いかけた。
透さんの部屋に行くが、チャイムを押しても返事はない。

もう、故郷に旅立ってしまったのか。
透さんに連絡するが、電話も出ないし、LINEも既読にならない。

「避けられてるのかも」

そう頭をよぎったが、私は止まらなかった。以前聞いた、故郷の街を目指して私は電車に飛び乗った。

車内はそれほど混んでなく、難なく座れた。
少しホッとしたところで、透さんのことを考える。

私は今まで透さんに対して甘えきっていた気がする。
アプローチは透さんからで、付き合い始めても拙いながらに、私への好意をしっかり伝えてくれていた。
そんな立場に胡座をかいて、私は透さんを雑に扱ったのだ。
そのバチが当たったのか。

いや、だからこそ、私は今、透さんを手放してはならない。
嫌われてしまっていたとしても、自分の気持ちはちゃんと伝えよう。

そんな事をグルグルと交互に考えていたら、いつの間にか彼の故郷、山形県の酒田に着いていた。

着いてから気がついた。
ここからの行程を全く考えていなかったのだ。
酒田の生まれだとは聞いているが、酒田のどこかもわからず、私はここまできてしまった。
時刻はもう23時を回っていた。

「どうしよう」
いつもなら何が大切かを熟考してやっと答えを出すのに、勢いに任せたら、こんな結果になるなんて、自分の浅はかさに呆れるのを通り越して悲しくなってきた。

その時、スマホに着信が来た。
透さんからだった。

「ごめん、こんな遅くに。真琴さんから電話やLINEもらってたのに、全然気づかなくて。ちょっと、色々あって電話出れなかったんだ。ごめんね」

急に透さんと繋がることができて、私はびっくりしてしまった。
びっくりして、ホッとしていつの間にか、泣いていた。

「て?え?ど、どうしたの?真琴さん」

私が泣いていることに気がついて、透さんが慌て出した。

「ごめんなさい。違うの、ホッとしちゃって。あのね、ビックリしないでね。私今、酒田の駅にいるの」

「………………え?」

「透さん、今酒田?」

「………うん、酒田」

「私も、酒田」

「え?え?え?!なんで?!ちょっと待って、なんで?!」

狼狽える透さんの声を聞いて初めて、自分が大胆な事をしたんだという事に気がついた。

「あのね、透さんが田舎に帰るっていうから、もう会えないのかと思って思わず」

「真琴さん、まだ駅?僕、駅前のホテルに泊まってるからすぐ行く!西口で待ってて!」

私の言葉を最後まで待たずに透さんが口をはさんできた。

「私まだ最後まで喋ってない」

「うん。でもこれはちゃんと顔見て話したい。だから、待ってて!」

そう言って透さんは電話を切った。
透さんと繋がった。
それだけで私は嬉しくて身体が暖かくなった。
酒田の駅構内を出ると、東京とは比べ物にならない位の冷たい風が吹いてきた。自分の息が白く見えて、寒さを象徴していた。
でも、その冷たい風さえも、今は私の味方になってくれそうな気がした。

「真琴さん!」

5分ほどで本当に透さんが来た。
透さんの姿を見て、私は何故か緊張してしまい、小さく手を振るだけだった。
途端に先程まで暖かかった体が、ブルブル震え出した。

「ああ、ごめんね。暖かい場所で待ってて貰えば良かった。体、こんなに冷たくなっちゃって」

透さんは私が小さく振った手をさするように握ってきた。
すると、何故か体はもっと震えだし、全身がガタガタしていた。

「真琴さん大丈夫?具合悪い?!」

「うん、大丈夫。おかしいな、なんでこんなに震えるのかな」

ガタガタ唇を震わしながら私は何とか言葉を振り絞った。

「どこか暖かい場所…って言っても、この時間開いてるのは飲み屋くらいしかなくて、しかも、どこも賑やかな所なんだよ。
……真琴さん嫌かもしれないけど、僕の部屋で暖まろ?」

嫌じゃないよ。
そう言いたかったけど、もう言葉にすらできなくて、私はただ、頷くのが精一杯だった。

透さんに抱えられながら、透さんが泊まっているというホテルに着き、ありったけの服を着せられ、布団も被らされた。

「体の中から温まった方がいいから、なんかコンビニで買ってくる。いい?しっかりあったまってるんだよ?!」

まるで子供に言い聞かせるように透さんは私に言いつけて出かけて行った。
私も私で子供のようにただ頷いて、透さんを待った。
少しずつ体が温まった頃、透さんが「ただいま」と帰ってきた。
布団にくるまる私の姿を見て「ブハッ」と透さんが吹き出す。

「ちょっと、なんで笑うの?この姿にしたの自分だよ?」
言い返す元気が少しだけ出てきた。

「ごめん、ちょっとお地蔵さんみたいで可愛らしくて」

「お地蔵さんって言われて嬉しくなる人いる?!」
私も、あはははと笑い出した。

「どう?」

「うん、少し暖かくなってきた」

「体温める食べ物っていって思いつくのがこれだったんだけどさ」
と袋の中から、肉まんと缶コーヒーを出してきた。その組み合わせが何だかおかしくて、今度は私が笑った。

「だよね、笑えるよね。張り込みしてる人みたいな組み合わせだよね」

「うん、面白い。ありがとう」

コーヒーと肉まんを受け取って食べる。
笑ってしまったが、食べるとほんわり口の中が温かくなって安心した。

「あれ?透さんの分は?」

「自分のことは全く考えてなかった。良いんだよ、食べな」

「じゃあ…」

私は肉まんを半分こして透さんに渡す。

「一緒にあったまろ?」

2人で並んで肉まんを食べる。
久しぶりに時間を共有していた。

体は段々暖まっていたが、体の震えはまだ止まらなかった。

「どうすれば温まるかな?お風呂、お風呂入る?」

色々思案する透さんを私は袖を掴んで座らせる。
震えが止まらないのは、寒いだけじゃない。
自分でわかっていた。

「話が、したいの」

窓の外を見ると、雪が舞い始めていた。(続く)

あとがき
松下洸平さんのライブツアーP2Pに参加してきました。あまりの楽しさに、セットリストでお話を書こうと決めて書き始めて7曲目になります。
冬の空の下、2人の思いがどう交錯して行くのか見守ってください。

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