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その制服、Y'sにつき~チャーリーズ・エンジェルに捧ぐ狂騒曲

5月28日、私は朝からそわそわしていた。

ムーンプランナー入門講座の後、初めてお会いする自問自答ガールズasさんと、新宿まで足を延ばして伊勢丹はY'sに行くのだ。今日こそ、あの服を買う。私にコンセプトを気づかせてくれた服を、できれば、あのときの店員さんから買いたい。私は右手でぐっと拳を、左手にぎゅっとクレカを握り締めた。

初対面のasさんを新宿まで連れ回すことになった経緯はこうだ。

私が伊勢丹行きを決意した27日夜、同じ講座に参加されるasさんから「明日よかったらお茶しませんか?」とDMが届いた。何を隠そうasさんは、私に自問自答ファッションを知るきっかけをくださった張本人。二つ返事をしたいところだが、この日を逃すと当分新宿には行けそうにない。しばらく悩んだ私は、うっかり血迷ってこう返した。

「asさん、変なお誘いなんですけど、一緒に伊勢丹行きませんか?」

時間的に考えて、伊勢丹の後さらにお茶をするのはおそらく厳しい。SNSで多少交流があるとはいえ、あくまで初対面の私たち。それなのに、いきなり買い物だけに付き合わせるなんて、正気の沙汰ではない。ところがどっこいasさんは、二つ返事で私の提案を快諾してくださった。なんてお優しい…!

そして迎えた28日。

ムーンプランナー入門講座には、あきやさんとたくさんの自問自答ガールズがいらしていた。折よくご挨拶させていただけた中で、なんと、べべさんY's制服の先輩!)と芹さんも伊勢丹にお付き合いくださることになった。何がどうしてこうなって、まさかまさかの、ガールズ4人ではじめましてからのお伊勢丹詣。

私は後に、この展開に心から感謝することになる。

***

数年ぶりに歩く日曜の新宿は、若者でごった返していた。

混み合った繁華街を歩くのが久しぶりすぎて、うまく人波をすり抜けられない。なんとかたどり着いた伊勢丹で、エスカレーターを上ってY'sの文字が目に入った瞬間、心臓が小さく跳ねた。最初に目が合った店員さんにご挨拶し、前回試着時の品番メモ入りショップカードを差し出す。こちらのシャツとパンツを、いただきに参りました。

バックヤードに向かう店員さんを見送って、ぐるりと店内を見渡す。残念ながら、前回接客してくださった店員さんはご不在。asさん・べべさん・芹さんは、少し離れたところで服など見つつ、あれこれお話しをされている。来ていただいたのがasさんお一人だったら手持ち無沙汰にさせていたかも、と遅まきながら気がついて、予想外の展開に今さら胸をなでおろしたところで、店員さんが戻ってきた。

「お客様、申し訳ございません。こちらの商品ですが、いずれも当店に在庫がございません」

なんと、こちらも予想外の展開。

「シャツもパンツもただいま国内に在庫が2、3点のみでして、もしかすると、すでに別のお客様がお取り置きされている可能性もございます。ですので、お取り寄せされても確実に入手できるかどうかわからない状況です」

あっけに取られる私のところに3人が集まってくる。どうしよう、皆さんに一緒に来てもらったのに…とがっくりしかけて、いや、と思い直す。もしかして、あの服よりもっとしっくりくる別の服があるってことじゃないの?

「せっかくここまで来たので、もしこちらと似たようなテイストの服があったら着てみたいのですが」

ダメ元の申し出を快諾し、店員さんはすぐに何着か見繕ってくださった。ちなみにこの日買うつもりだったのは、光沢のある滑らかな生地の、バンドカラーのロングシャツと8~9分丈のワイドパンツ。一方でお持ちいただいたのは、ちょっとマットな手触りの、襟開きの大きなスーパーロングシャツに6〜7分丈のパンツ。生地も形もけっこう違う。新しい扉、開くかな? 淡い期待を胸にいざ、試着室へ。


しかし、そうは問屋が卸さなかった。

もちろんこれとて魅力的な服ではあったし、試着室から出ると、asさん・べべさん・芹さんが口を揃えて「似合う」と言ってくださった。でも、何かが違う。私の中で、あの服の残像が存在感を増す一方だった。それでもしつこく食い下がり、店員さんにお願いしてもう何点か着てみたのだけれど、結局、降参した。

やっぱりどうしても、あの服がいい。

となると、成功するかわからないお取り寄せに賭ける以外に道はない。でも仮に取り寄せに成功しても、私の家から新宿伊勢丹はかなり遠い。悩んで迷って散々唸り、結果、思考停止。私のY's、今日じゃなかったのかも。遠巻きに見守ってくれていた3人に目配せし、店員さんに何度もお礼を言って退店した。


しょんぼりと下りのエスカレーターに向かって歩きながら、asさん・べべさん・芹さんにもう一度、事の顛末を話した。すると出しぬけに、べべさんが言った。

「今から、ぽたまるさんのお家に一番近い店舗に寄ってみるのはどうですか?」

うーん、夕食の時間もあるしちょっと…と言いかけて時計を見ると、まだ5時前。夫に連絡を入れれば、寄れないこともない時間だ。

すかさず、asさんが言う。

「とりあえず電話、してみません? 在庫がその店舗にある可能性だって、ゼロじゃないですよね?」

え、店に電話?! 考えたこともなかった…けど、電話で別店舗にお取り置きを頼まれたガールズさんのバッグ購入記、前に読んだことあったような。

べべさんがもう一度、背中を押す。

「ぽたまるさん、今日買うおつもりだったんですよね? だったらやってみた方が、後悔しないんじゃないですか?」

…そう、ですね。って、え? ちょっと待って、何、この展開。

エスカレーター脇のボッテガ・ヴェネタの前で一度、立ち止まる。足元がなんだかふわふわしている。スマホを開く。息を詰めたまま、検索窓に「Y's ○○(最寄り店名)」と打ち込む。あった、店の番号だ。

3人の顔を見上げる。全員が目で頷いた。

一つ息を吸い込んで、番号をプッシュ。

電話はすぐに繋がった。要件を伝えると、テキパキと「確認してまいります、少々お待ちくださいませ」と応答があり、すぐ保留音に切り替わった。

一度も購入履歴がないブランドの、一度も足を運んだことのない店舗に、品番指定で問い合わせをする。私1人だったら、そんな大それたアイディアなど思いつくことすらなく、今頃とぼとぼ帰っていたに違いない。

思わずそう呟くと、芹さんが言った。

「外野の方が状況を把握できることって、ありますからね」


チャーリーズ・エンジェルかよ。(観たことはない)


大胆不敵なべべさん、戦略家なasさん、冷静沈着な芹さん。この日のこの瞬間、私は最強のタッグに支えられていた。そして私の買い物旅は、ここから思ってもみない方向に舵を切り始めた。

保留音が止んだ。

「お待たせいたしました。あいにく、当店にも在庫はございませんでした」

全国で残2、3の在庫が最寄り店に!という奇跡は、さすがになかった。でも、この店舗なら平日会社帰りでも確実に立ち寄ることができる。今度は1ミリも迷わず、お取り寄せを依頼した。入手できるかどうかわかり次第すぐ連絡を頂くことになり、お礼を伝えて電話を切った。

どう転ぶにせよ、私、やれることやった。ものすごく、清々しい気分だった。私1人じゃ絶対に、こんなことできなかった。ガールズって、すごい。

こんな展開になるなんて、昨夜の時点で一体誰が予想しただろう。興奮冷めやらぬまま駅に向かって歩きつつ、3人、もとい、私のチャーリーズ・エンジェルに向かって、何度も何度も何度もありがとうを伝えた。



明けて月曜日。会社からの帰り道、見覚えのある番号から着信があった。


「お取り寄せ、可能でございます!」


やっっっったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

告げられた店舗着日は、佳境を迎えていた仕事がちょうどひと段落する日、かつ、週に2回の出社日と重なっていた。まるでお膳立てされたかのようなタイミング。興奮しすぎて、ありがとうございます!とコメツキバッタのごとくお辞儀するのを止められなかった。駅構内で、すれ違う人がチラチラこちらを見る。

Twitterに歓喜の呟きを上げると、我が事のように喜んでくださるエンジェル達。ありがとう、ありがとう。あなた達のおかげで…と咽びそうになりつつ、すんでのところで思い出す。いやいや、自問自答の道を行く者、試着はあくまで冷静に。ニヤつく頬を必死で引き締めた。

***

6月7日、私は朝からそわそわしていた。

仕事はつつがなく終わり、定時ダッシュをキメた私は早足で改札を通り抜けた。百貨店の入り口からすでにドキドキしている。20代の頃から何度も何度も通っている馴染みの百貨店で、正真正銘初めて入る、Y's。

先客はいなかった。スタッフは全員若い女性で、髪もメイクも服も、もはや存在自体がモード。前までの私だったら、この雰囲気にもうびびり散らかしてたなぁ。そんなことを思いながら、挨拶をした。電話でお取り寄せを頼んでいると告げると、パッと1人のスタッフの顔が輝いた。ピンクの髪の、小柄な女性。強い目力は野生動物を思わせる。

「はいっ、到着しております!今お持ちしますね」

電話の声の主だと気づく。丁寧な仕事ぶりが伺える落ち着いた声音。想像していたより目の前の彼女がずっと若そうなことに、失礼ながら少しばかり驚いた。


バックヤードから戻ってきた彼女が手にしていたのは、果たして、1ヶ月間脳裏に焼き付いて離れなかったあの服。さっそく、もう一度試着する。

ああ、これだ。

鏡を見て、深く頷いた。この上ない、しっくり感。あんなにたくさん選択肢のある新宿伊勢丹ですら、これに勝る服がなかったんだもの。やっぱりこれで、間違いない。

…って、初めて来た店舗でのお買い物、もう終わっちゃうのかな。それもなんかちょっと味気ないというか、もったいないような。そう頭の片隅で思いながら試着室の扉を開けた私を待っていたのはしかし、新たなる怒涛の展開だった。


試着室から出たところで、すぐ横のラックにかけられたトップスが目に入った瞬間、息が止まりそうになった。

…黒い服の写真はなんだかよくわからないと思うので、公式サイトからお借りした着画を載せてみる。

わかりやすく言えば、貫頭衣。ぺらっとした一枚布に穴が開いたようなデザインで、その穴に頭を突っ込んで着る仕様。ポイントは、体の両脇のデザインだ。

右は、ボタンと紐で留める。

説明がめちゃくちゃ難しいのだけど、留め方が何パターンも考えられる。ボタンを留めたり外したり、紐を結んだり結ばなかったり、紐を外に垂らしたり内に引き込んだり。さらに、スリット部分からインナーのチラ見せでも遊ぶことができる。

左側は、ボタン。

これも、全部留めてもいいし、途中から外してスリット風にするのもいいし、全部外しておいてもいい。とにかく、右と左で無限に組み合わせが楽しめる。

アシンメトリーで、何通りもアレンジできる。こういう服、私、大好物なのだ。

思わず、店員さんの顔を見る。

「ご試着されている間に、店内で見つけました。お客様にお似合いになりそうだな〜と思って、そこにかけてみちゃいました」

へへっ、と笑う店員さん。しごできか。そんなの、着るに決まってるじゃん!

せっかくなので何か下に合わせてみましょうか、と見繕っていただいたインナーの第一弾は、これ。

いい。大変いい。

カラシ色がスリットから覗く美しさは言わずもがな、ネックラインが実に美しい重なり具合に仕上がる。生地も厚すぎず薄すぎず、ちょうどいいフィット感と気持ちいい肌触り。あくまでインナーとして作られた商品だそうで、驚愕のハイクオリティだ。恐るべし、ヨウジ。

というか、貫頭衣の破壊的に美しいシルエットたるや。

この時点で、頭のネジが吹っ飛んだ。

袖を通したことで、私は完全に貫頭衣の魅力に取り憑かれてしまった。これ、無限にコーデが組めるやつ。遊び心の塊。まさに私のコンセプト「人生を遊ぶ反逆者」にぴったりじゃないか。

明らかにテンションがおかしくなった私を見て、店員さんが奥から次の服を持って来てくださった。インナー、第二弾。

復刻版の柄Tシャツ。貫頭衣と組み合わせてみると、文句なしの100点だ。インナーが黒になると雰囲気が全然違うし、チラ見せ部分に柄が入るのもいい。先ほどの着画の雰囲気に近い、インナーの袖が見えない状態もとても優美だった。

ここで、我ながらとんでもないことを思いつく。逆の発想で、ボリューム感のある服、たとえばシャツ合わせって成立するかな? そう呟いたとき、ちょうど目の前にあったのがこちら。

これがまた、ただの白シャツにあらず。裾のボタンをカシュクールみたいに奥に留めると、こう。

留めなければ、こう。気分で少し異なるシルエットが楽しめる仕掛けで、こちらはストンと落ちた生地が描くドレープが美しい。

アシンメトリーで、何通りもアレンジできる。こういう服、私、大好物なのだ。(2回目)

インナーとしてではなく、独立したトップスとして、このシャツには強烈に心惹かれた。すでに着る前から悶絶。

第三弾として貫頭衣に合わせてみると、もはや脳が沸騰。シャツ合わせ、全然成立する。デザインの奇跡としか言いようがない。こんなことってある? 言っちゃなんだけど、いや言っちゃうけど、めちゃくちゃサマになってる。ちょっとした司教。ヤバい。カッコイイ。しびれる。

大量のアドレナリンが放出して、次から次へと戯言が止まらない。文字通り地団駄を踏む私を、店員さんがおかしそうに見つめている。…いや、多分ちょっと、引いていたと思う。彼女は彼女で、ちょっとした遊び心とおもてなしの気持ちで紹介しただろう一着が、ここまで私に刺さるとは思っていなかったに違いない。

もはや、私は本気で悩み始めていた。貫頭衣、めちゃくちゃ欲しい。なんなら、インナーも(一つ選ぶとしたらシャツかな)。

今日買おうと思っていたのは、シャツ1点・パンツ1点。さらに追加でトップス…は、しかし、買うべきではないと思った。最後の理性が私に囁く。ここは最高の1セット、私の初めての制服を選び抜くべきところだ。この道は、いつか来た道。究極の2択、灼熱の自問自答。


と、次の瞬間。沸騰していた脳内に突然、涼風が吹き抜けた。


もう一回、最初の服、着てみようか。


一旦、落ち着こう。さっきから、貫頭衣が魅惑的すぎて脱げなくなっていたけど、一回リセットしてみよう。試着室に戻って、服を脱いで、やっと素に戻る。

改めて、最初に出していただいた服に袖を通した瞬間、すっ、と心が落ち着くのを感じた。それは理屈ではない、ちょっと不思議な感覚だった。自然と脳裏に言葉が浮かぶ。


私は制服を着て、どうなりたかったの?


貫頭衣で遊ぶのは、きっとめちゃくちゃ楽しい。だけど、ボタンを留めたり紐を結んだりアレンジを考えたり…正直、着るのに手間はかかる。何パターンも遊べるからって、インナーだってバリエーションが欲しくなるかもしれない。

一方のロングシャツは、シンプルだ。もちろん、ボタンを外したり羽織にしたり袖を捲ったり、みたいなアレンジはできるけれど、基本的にはストンと着て、ボタンを留める。以上。


「人生を遊ぶ反逆者」は、戦う人、なんだよね? なら服を纏って外に出て、行った先で何をするかが大事なんじゃないの?

私は、遊ぶように戦いたい。リラックスして自然体で、鼻歌歌って楽しみながら、最強最高のパフォーマンスを出しちゃいたい。それが、私の戦いだ。

だったら、「服で」遊ぶことにフォーカスしてしまうのは、ちょっと違う。だって、私が遊びたいのは人生そのものだ。

私に必要なのは、いわば戦闘服だ。戦う私に寄り添って、力をくれる服が欲しい。動きやすくてシンプルで、それでいて心湧き立つ服がいい。


すんなりと、答えが出た。どころか、コンセプトの理解が一段階深まった。着ることで、私の進む先を照らしてくれる。これこそ、まさに私が求めていた服だ。

帰り道、ウキウキとスキップしそうになるのを必死で堪えた。私は、心に沿う服を買った。そう思うとお腹の底からフツフツと喜びが湧き上がってきて、今にも走り出したい気分だった。

機能的で品位ある日常着。

Y'sのコンセプトを、私は今、この服を着るたびに噛み締めている。全くシワにならない生地に、ガンガン洗ってもびくともしない頑丈さ、逆にわざと切りっぱなしの布の端からほつれ出る糸の存在感、ボタンホールの仕上がりの美しさ、ラフに捲り上げても全く落ちてこない袖、等々。この服、ほんとに既成服なの? と言いたくなる。

良い服は、作り手の魂が込められた作品は、身につければつけるほどその良さがわかるのだと、今私は確信している。自問自答に出会っていなければ、ガールズと一緒に買い物に行かなければ、この服には出会えなかった。これだから、人生って面白い。


Y's、最高!!!!!



※商品画像は全て公式サイトからお借りしました


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