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フィリップス・コレクションを訪問して

 学校が春休みの今、ワシントンDCにある「フィリップス・コレクション」(The Phillips Collection)に行く機会があった。ここは、鉄鋼業で財を成し、近代美術作品の収集家だったフィリップス夫妻の近代美術アートのコレクションをもとに、1921年に作られた邸宅ミュージアムである。ルノワールやゴッホ、シャガール、ドガ、セザンヌ、ボナールの作品など、世界屈指の収集品を誇り、日本でもフィリップス・コレクション展が開かれるなど、世界的にも有名な美術館である。だからという訳ではないが、作品を時代順や技法別に展示するなど、よくある普通の美術館を想像していた。しかし、そうした観点からではない楽しみ方や、美術館の姿勢が見えて、私の心に深く刺さった。

 まず、アートが持つ役割や意味を追求したミュージアムだったことだ。展示会場の最初に「複雑な性質を持つアイデンティティや、自身が抱く偏見とステレオタイプに対して、アートを通してどのような気づきを得られるでしょうか。」という問いかけがあったことに驚いた。その上で、展示の意図が明確に記されていたのだ。「アイデンティティ」(Identity)、歴史(History)、場所(Place)、そして現実の世界史(Real world history: bringing history to life)と、テーマを設けて作品展示をしていて、コロナ禍とBlack Lives Matterを意識し、考え、反映した展示方法になっていた。美術的センスと知識のない私に、作品の見方を誘導してくれた。

 第二に、コミュニティに根差した参加型のミュージアムで、社会的メッセージがミュージアム全体に感じられたことだ。地元の人権NGO(Humanities Council of Washington DC)やワシントンDC内の高校、大学(メリーランド州立大学、ハワード大学)、そしてニューヨーク近代美術館(MoMA)などの協力で、コミュニティ展示として、「第二次(1940年代~1970年代)アフリカン・アメリカンの南部から北部への大移動」(the second wave of the Great Migration)が置かれていて、この美術館の存在意義や意思が強く感じられた。ある意味、とてもワシントンDCにある美術館らしいと唸ってしまった。アフリカ系アメリカ人の画家Jacob Lawrenceが、アフリカ系アメリカ人の移動の人生を描写した一連の絵(Migration Series)を取り上げて展示されていた。そして、現在につながる歴史や、その歴史の流れから現在起きているBlack Lives Matterの問題、そして自分は一体何ものなのか、というアイデンティティの問題を、コミュニティと共に掘り下げて考え、そしてミュージアムに訪れた人にも一緒に考えてもらいたいというメッセージが感じられた。
 

 第三に、第二とも関係するが、ミュージアムの柱に教育プログラムを設け、活動をしていたことだ。地元ワシントンDCの高校や隣のメリーランド州立大学と協働で様々なプロジェクトを行っているところが、随所に感じられた。その成果の一部だろう。一部の作品には、タイトルの下に、学生が書いた解釈(解説)が記されていた。アメリカの地元公立高校のAP Art History(美術史)を取る娘が、カーンアカデミー(Khan Academy: アメリカの教育系非営利団体。 YouTubeで短時間の講座を配信するオンライン教育サイトを提供。)の動画を見て、前述の画家Jacob Lawrenceについて、米国史とともに学んだと教えてくれたが、そうした教育系NPOとも地道に連携をしていることに驚いた。

 コロナ禍の影響により、世界中の美術館は危機的な財政状況に直面していると聞く。こんな時だからこそ、地元コミュニティに根差し、地道にネットワークを築き、ミュージアムの存在意義がどこにあるのか、華麗なコレクションの展示だけでない、メッセージを訪問者にもわかるように示すことが大切なのではないかと思った。

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