『ワイスピファイヤーブースト』という映画ではない何か、そして悪役

ここ数年、漫画でも映像作品でもやたらと「サイコパスっぽい奴」が悪役をやるのを見かける。最近見た映画だと『ワイルドスピード/ファイヤーブースト(原題:Fast X)』のダンテが記憶に新しい。誤解を恐れずに紹介すると、真島吾郎(『龍が如く』シリーズ)と映画『スーサイドスクワッド』シリーズのハーレイクインが悪魔合体したラーメンの上澄みのようなキャラクターだ。そう、公式が「サイコパス」を強調したにもかかわらず、見た目のわりに超大味&薄味なキャラクターだった。ヴィン・ディーゼルのドムに「お前に味方した奴を皆殺しにする」という犯行予告を早々に出したにもかかわらず、ゲーム『塊魂』よろしくローマで巨大鉄球中性子爆弾を暴走させ(???????)作中の王様のように適当な采配を振るったり、人質を取って引き入れたシャーリーズ・セロン姐さんの部下たちを気分で皆殺しにしたり、本来の辞書的な「サイコパス」とはかけ離れていて、なかなか意味不明な人物だった。ジョーカーの模倣犯の愉快犯の更なる模倣犯といったところだ。
正直、「サイコパスな悪役」にはもう飽き飽きしている。『ザ・バットマン』や『炎のデスポリス』、『エスター/ファーストキル』…ヒーロー作品からホラーに至るまで、どこもかしこも「サイコパス」だらけだ。そろそろエンタメ作品はサイコパスから卒業してほしい。


ところで、映画に限らないが古今東西どんな悪役(ヒール)がいたのか思いを馳せてみた。
・妖怪や悪魔、幽霊、魔王(『スターウォーズ』、『ハリーポッター』、『ゴースト・エージェント:R.I.P.D.』)
・暴君(『オセロー』、『グラディエーター』、『トランスフォーマー』)
・異邦人、蛮族(『300』、『ランボー』、『エクソダス:神と王』、『イップマン』シリーズ)
・金持ち(『ヴェニスの商人』、『フォードvsフェラーリ』)
・権力や法律(『レ・ミゼラブル』、『ノートルダムのせむし男』、『ザ・シューター/極大射程』)
・法律が適用されない存在=ギャング(『デスペラード』『ベイウォッチ』、『キャッシュトラック』、『ランボー:ラストブラッド』)
・科学や化学兵器とそれから生み出される怪物とそれを生み出した科学者(『フランケンシュタイン』、『ターミネーター』、『ステルス』、『バイオハザード』)
・軍人、ナチス(Lots of MOVIES…)
・宇宙人(『インディペンデンスデイ』、『プレデター』)
・テロリスト(『スピード』『エンドオブ』シリーズ、『13時間:ベンガジの秘密兵士』、『ブラックアダム』)
・サイコパス(『コマンドー』、『PSYCHO-PASS』、『ミスターガラス』)

「悪役」をなんとなく分類しながら列挙してみると、「自分たちの理屈や言葉が通じない存在」がどうやらその役割を与えられるらしい。そりゃそうか。最初から対話可能な相手なら事件も戦いも起こらない。それと悪役にも中長期的なトレンドがあるのがなんとなく分かった。悪役のパラダイムだ。
最近の国内外での「サイコパスっぽい悪役」の隆盛は「採算を度外視した反倫理的な行動を取る危険人物」という使い勝手の良さが、作品の悪役を割り当てられる理由な気がする。なので最初の話に戻るが『ワイスピ:ファイヤーブースト』のダンテの誕生は必然なのだ。しみったれた下町ギャングのストリートレースから始まった本シリーズを益々過激にするにはダンテの様な「サイコパス」が必要なのだろう。
しかも「普通の感性じゃないやばい奴」だから、バックグラウンドの深堀もいらない。なんて都合のいい舞台装置なんだろう。「サイコ野郎」の乱用も仕方がない気もしてくる。
ただ個人的には「サイコパス」こそ人物像の深堀をしてほしい。どういう理屈でそのような常軌を逸した決断を下すのか?何がその人物にとって重要で、倫理の際なのか?何に葛藤するのか?そういう内面が描写されて、「ああ、やっぱりこいつは全てが狂っている」と思い知らされたい。

最近読んだ『奇妙なアメリカ』に取り上げられた「罪と罰のミュージアム」でも凶悪犯がなぜ犯罪に走ったのかではなく「何をしたか」「警察や科学はどう対応できるかばかりに焦点を当てた展示になっていると記載があったが、そもそもエンターテイメントの場で合衆国はサイコパスのような異常者と「善良な我々一般人」を線引きして全く別の存在であると扱う傾向があるという可能性はややある(「誰もがジョーカーになる可能性がある」とのたまった日本とは大違いだ)。


話が少し逸れてしまったが、結局最近の映画は2時間越えの長丁場が当たり前の時代に、観客を飽きさせず次々と展開を変える必要性があるせいか、どうしても「サイコパス」という便利な役割に頼らるを得ないのかもしれない。そう考えると今回の『~:ファイヤーブースト』のヒールであるダンテに少し同情してしまう。悪役にもトレンドがあるのなら、いつの日か「サイコパス」の時代が終わって別の何かが台頭する「悪役のパラダイムシフト」が始まる日が来るのだろう。
そしてどうやら三部作のパート1のようなので、残り2作でダンテの深堀があるかもしれない。"Fast & Furious"に救いあれ。


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